第60話
視界は白銀に焼き尽くされ、音は真空の熱に消えた。
アマテラスの放つ【終焉の夜明け】は、もはや攻撃ではない。存在そのものを「なかったこと」にする情報の抹消だ。アスクレーピオスの医療結界は灰となり、ニニギやイワナガたちが膝をつく中、ただ一人、イワレビコだけが垂直に立っていた。
「……、……。……熱いな、アマテラス。……だが、俺の心臓の奥には……、……これより冷たい『海の底』があるんだよ」
イワレビコが、真っ赤に熱を帯びた義手の左腕を、自らの胸元へと突き立てた。
ギチ、ギチ……ドロリ。
隼人の技術の粋を集めた鉄の腕が、王の肉体の熱と、太陽の引力によって融解し始める。だが、それは壊れたのではない。イワレビコが、義手という「器」を捨て、内部に秘められた「深淵の門」を完全に開放したのだ。
「……深淵出力……、……零……。……【事象の地平面】」
一瞬、太陽の光が「逆流」を始めた。
イワレビコの左肩、義手があった場所から溢れ出したのは、光さえも逃げられない漆黒の引力。アマテラスが放った数万度の熱線が、イワレビコの身体を焼く直前で鋭角に曲がり、その黒い空洞へと吸い込まれていく。
『――何をしている、イワレビコ! 私の光を……、……天の理を「捕食」するつもりか!?』
アマテラスの無数の翼が、恐怖に震える。
イワレビコは、吸い込んだ膨大な熱量を「重圧」へと変換し、右手の槍【天の沼矛】へと流し込んだ。白銀だった槍は、今や宇宙の終わりを告げるような「深淵の黒」に染まり、周囲の空間を物理的に歪ませている。
「……、……。……アマテラス。……お前が……光の主なら……」
イワレビコが、一歩を踏み出す。
地面は蒸発し、彼は空中に浮かぶ「闇の道」を歩む。
左腕はもうない。だが、その肩からは、吸い込んだ光を編み上げた「重力の腕」が、アマテラスの心臓を掴むために伸びていた。
「……俺は……、……お前を呑み込む……『墓標』だッ!!」
――最終奥義・【国生みの残響・黒天】!!
槍が回転する。
それは海を創り、鏡を砕いた時よりも、重く、静かな旋律。
アマテラスの巨大な光の翼が、渦巻く重力の渦に巻き込まれ、一枚、また一枚と、虚無の底へと引き摺り込まれていく。
「や、やめ……、……私の光が……、……消え……ッ!!」
――ズゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!!
槍の先が、アマテラスの胸中にある漆黒の「虚無」を貫いた。
爆発は起きなかった。
ただ、世界から「熱」が、そして「不自然な光」が、潮が引くように消えていった。
空に輝いていた二つの太陽は消え、そこにはただ、青白く震える本物の「夜明け」が顔を出そうとしていた。
戦場に、静寂が戻る。
アマテラスの姿はどこにもない。ただ、彼女が纏っていた白銀の衣の端切れが、雪のように地上へ降っていた。
イワレビコは、槍を杖にして、ひび割れた大地に立っていた。
左腕の義手は、肩の付け根から完全に消失し、そこには真っ黒な炭のような痕跡だけが残っている。彼は残った右目で、朝日が昇る水平線を見つめていた。
「……、……。……終わったぞ……、……ニニギ」
「……、……。……殿……、……あんた、……腕が……」
ニニギが駆け寄る。サクヤとイワナガも、涙を流しながら王の背中を支えた。
神軍幹部二名――タヂカラオとワタツミの死。そして、太陽神アマテラスの「一時的な消滅」。
人間軍は、ついに神という「理不尽」を、力と知恵でねじ伏せたのだ。
だが、イワレビコの黄金の瞳は、勝利の喜びではなく、さらなる「深淵」を見つめていた。
義手を失った代わりに、彼の魂に刻まれたのは、神を喰らった者にしか分からない、耐え難いほどの「孤独な重み」だった。
「……、……。……いや……、……。……まだ、……夜は明けたばかりだ」




