第56話
闇は、すべてを暴き出していた。
スイゼイの呪いとイワレビコの引力が作り出した「偽りの夜」の深淵。光が消えたことで、これまで太陽の眩しさに隠されていた「天の核」が、その醜悪なまでの美しさを露わにしていた。
「……見つけたぞ。……アマテラス、お前の『瞳』を」
雲海を突き抜け、重力の翼で飛翔したイワレビコの眼前に、それは鎮座していた。
巨大な円形の盾にも似た、白銀の鏡。――八咫鏡。
それはアマテラスの分身であり、地上を焼き、神の意思を投影するための巨大なレンズ。その鏡面には、今まさに死にゆく人間たちの絶望が、冷酷な記録として映し出されていた。
『――不敬なり、泥の王! その鏡は天の理、万物を映す正義の証! 貴公のごとき不純物が触れることさえ、数式が許さぬッ!!』
鏡の周囲に、オモイカネの最終防衛論理――**【幾何学結界・完全拒絶】**が展開された。
一千万層にも及ぶ光の断層。それは「ここから先には何も存在しない」という定義を世界に強制する、最強の思考の壁だ。イワレビコの突き出した槍が、壁に触れた瞬間、火花を散らして弾き返される。
「……、……。……正義だ、数式だ……。……うるせえんだよ、機械の神様が」
イワレビコは闇の中で、右手の【天の沼矛】を再び水平に構えた。
義手の左腕が、周囲の「夜」を強引に槍の穂先へと収束させる。
「……アマテラス。……お前が世界を映すというなら、……俺は世界を『かき混ぜて』やる」
――深淵出力・原初再現・【国生みの残響】!!
ギィィィィィィィィィィッ!!
槍が高速回転を始める。
それは海を固めた時と同じ、理を混濁させる旋律。
オモイカネが築いた「拒絶」の壁が、槍の回転に巻き込まれ、飴細工のように歪み始めた。直線は曲線に、定義は混沌に。完璧だった計算式が、イワレビコの「重さ」によって、ただの泥水へと書き換えられていく。
『バ、バカな……ッ! 結界の強度が、……マイナスへと転換している!? 計算が……、……逆流しているだと!?』
「……終わりだ。……眩しすぎるんだよ、お前の目は」
回転の極致。
イワレビコは、混沌を纏った槍の先端を、八咫鏡の中央へと叩き込んだ。
――パキィィィィィィィィィンッ!!!
世界が、悲鳴を上げた。
天の理そのものであった鏡面に、一本の巨大な亀裂が走り、次の瞬間、それは数千、数万の「光の破片」となって粉々に砕け散った。
鏡の中に閉じ込められていた膨大な熱量が、行き場を失って爆発する。
だが、その閃光さえも、イワレビコの「夜」が飲み込んでいく。
「……、……。……あ、……ぁぁ……」
鏡の奥、高天原の最深部で、アマテラスの喉から初めて「苦痛」の吐息が漏れた。
空から降るのは、雨ではない。
砕け散った神の瞳の、白銀の欠片。
イワレビコは、光を失い、ただの鉄塊へと戻りゆく鏡の残骸の中で、静かに槍を引いた。
左腕の義手は真っ赤に焼け、彼の右目からは、負荷による血が滴っている。
「……、……。……一つ目だ。……次はお前の番だぞ、アマテラス」
太陽の「眼」を潰した。
人間軍が、神の視界から、ついに逃れきった瞬間だった。




