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神を殺す王 ―神武東征ダークファンタジー―  作者: 水前寺鯉太郎
神軍戦争

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第51話

天が、いていた。

 それは慈雨ではない。ワタツミという原初の質量を失ったことで、天上の海がその器を失い、黄金色の「不純な雨」となって高天原の白銀の街を汚していた。

 かつて無敵を誇った神々の都。そこには今、開闢以来一度も存在しなかった**「恐怖」**という名の病が蔓延はびこり始めていた。

「……信じられぬ。ワタツミ様が……ポセイドン様が……」

 神殿の回廊。撤退してきた先鋒トリトーンは、自慢の法螺貝を握りしめたまま、その場に崩れ落ちていた。彼の半人半魚の身体は、イワレビコの放った「重力の爪痕」でボロボロに裂け、神としての輝きは既に失われていた。

「……黙りなさい、トリトーン。……見苦しいわよ」

 副将、宗像三女神。

 彼女たちの白銀の衣もまた、泥と血に塗れていた。田心姫タゴリヒメの操る「因果の糸」は、クマソタケルの野性によってズタズタに引き千切られ、その美しい指先は震えが止まらない。

「……あれは、人間ではない。……泥の中から生まれた、天を喰らう『獣』だわ……」

 神殿の中央。

 軍師オモイカネの光の円陣が、激しく明滅を繰り返していた。

 彼の計算機システムは、既に限界を迎えていた。タヂカラオ、ワタツミ、そしてポセイドン。三つの「絶対定数」を失ったことで、彼が築き上げてきた論理の城壁は、内側から崩壊を始めていた。

『――計算不能。……感情というバグの増殖が、天のことわりの処理能力を上回った。……これより、全神軍の「優先順位」を最定義する』

 オモイカネの声から、かつての無機質な余裕が消えていた。そこにあるのは、追い詰められた機械が吐き出す、狂気に近い切迫感。

『もはや「清め」ではない。……「防衛」だ。……高天原の全回路を閉鎖し、地上という名の地獄に、全神力を投下せよ』

 その時。

 神殿の最奥。これまで沈黙を守っていた「太陽の扉」が、静かに、しかし世界そのものを焼き尽くすような熱量を伴って開かれた。

「…………、…………」

 扉の向こう側から漏れ出す、直視できぬほどの黄金の光明。

 高天原を覆っていた「恐怖」の霧が、その光の一触で消し飛ぶ。

「……オモイカネよ。……貴公の論理は、もうよい」

 響いたのは、鈴の音のように清らかで、しかし全宇宙の重さを孕んだ声。

 黒幕、アマテラス。

 太陽神の意志が、初めて高天原全体に、そして地上のイワレビコたちの肌に、「絶滅」の温度として伝わった。

「……神が殺されるのではない。……天が、その『重み』に耐えかねているのだ。……ならば、私が直々に、その泥の王を光の中へ溶かしてくれよう」

 神々が、一斉に平伏した。

 恐怖は、今、絶対的な「熱」へと変換された。

 

 マカツの地、北の関門。

 勝利に沸く人間軍。だが、イワレビコは空を見上げ、その義手の左腕が「石」のように固まるのを感じていた。

 

 空に、二つの太陽が現れようとしていた。

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