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神を殺す王 ―神武東征ダークファンタジー―  作者: 水前寺鯉太郎
神軍戦争

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第50話

 海水が、イワレビコの足元で「意志」を失い、泥濘へと変わっていく。

 海神ワタツミの支配下にあった水流が、黒い義手から放たれる圧倒的な引力に屈し、その組成を強引に書き換えられていた。

「……、……。……神のことわりが、そんなに絶対か」

 イワレビコは、右手の槍【天の沼矛】を頭上でゆっくりと回転させ始めた。

 ギチ、ギチ、ギチ……。

 義手の歯車が、重力操作の負荷に耐えかねて真っ赤に熱を持ち、周囲の酸素を焼き尽くす。

「……なら、その理ごと……、……かき回してやるぜ」

 ――深淵極大出力・【国生みの残響こおろこおろ】!!

 槍が回転するたび、空気が、海水が、そして戦場の「概念」そのものが、巨大な渦に飲み込まれていく。

 それは単なる旋風ではない。

 かつて原初の神が、形なき海を攪き回し、固めて「島」を作った――その**「創造の暴力」**の再現だ。

「な……!? やめろ……! その音を……、……その回転を止めろッ!!」

 ワタツミが、初めて剥き出しの「恐怖」を顔に浮かべた。

 四つの腕を必死に突き出し、水圧の壁を作ろうとするが、イワレビコが槍を回すたびに、海神の身体を構成する水そのものが「泥」へと変質し、彼の自由を奪っていく。

「……、……。……ほら……、……こぉろこぉろしてやるぜ。……お前の海も……、……その傲慢な魂も……、……全部まとめて泥の底だ」

 イワレビコが、槍を垂直に振り下ろした。

 

 ――ドォォォォォォォォンッ!!

 北の関門を埋め尽くしていた海水が、一瞬で「結晶化した大地」へと姿を変えた。

 逃げ場を失い、自らの水流と共に大地に縫い付けられたワタツミ。その胸元には、ニニギが最後に投げつけた「折れた盾の破片」が、くさびのように深く突き刺さっていた。

「……信じられぬ……。……天の理が……、……泥の王に……攪き回されるなど……」

「……、……。……あばよ、海神。……俺たちの『重さ』、地獄まで持っていけ」

 イワレビコが槍の石突で大地を叩く。

 次の瞬間、ワタツミの巨体は、乾いた砂のように崩れ去り、北の風の中に霧散していった。

 静寂が戻った。

 海は引き、関門には新たな「人間の土地」が生まれていた。

「……殿……。……勝ったのか……?」

 ニニギが、サクヤに支えられながら、力なく笑った。

「……、……。……ああ。……お前の盾があったからだ、ニニギ」

 イワレビコは、焼き付いて動かなくなった左腕を、そっと右腕で支えた。

 

 神軍幹部、二人死亡。

 タヂカラオに続き、ワタツミをも討ち取ったその衝撃は、天界の計算機オモイカネに致命的なバグを走らせ、地上には、かつてないほど激しく、熱い、人間たちの凱歌を響かせていた。

 だが、イワレビコは知っていた。

 空の向こう、黄金色に輝く太陽が、これまで以上に不気味に、そして冷酷に自分たちを見下ろしていることを。

「……、……。……来るか。……アマテラス」

 神殺しの軍勢は、今、本物の「天罰」が降り注ぐ直前の、束の間の平和の中に立っていた。

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