第45話
北の関門。そこは既に、神具の理が支配する「静かなる屠殺場」と化していた。
ニギハヤヒの放つ十種神宝――『死返玉』の波状攻撃に、ニニギの大楯は結晶化が進み、今や一撃を受け止めるたびに指先ほどの破片が虚空へ消えていく。
「……粘るな、ニニギ。だが、その盾の寿命は、私の計算であと三回。……次で終わりだ」
ニギハヤヒが冷徹に指を振る。円盤がニニギの眉間を狙い、音速を超えて撃ち出された。
ニニギは歯を食いしばり、動かなくなった右腕を強引に盾へ添える。死を覚悟した、その瞬間だった。
――キィィィィィィィンッ!!
円盤がニニギに届く直前、銀色の「残像」がそれを空中で蹴り飛ばした。
「……遅いよ、理屈屋くん。そんな予測しやすい軌道じゃ、ボクの足には当たらないね」
ニニギの前に降り立ったのは、翼の生えた靴を鳴らす青年――先鋒ヘルメス。彼は十種神宝を「ただのフリスビー」のように扱い、不敵な笑みを浮かべていた。
「なっ……ヘルメス!? 貴様、なぜここに……ッ!」
「情報改訂だよ。これからは、ボクたちが君たちの『壁』になる」
刹那、戦場全体が刺すような黄金の光に包まれた。
上空から降り注いだのは、アテナの冷たい光ではない。万物を慈しみ、かつ焼き尽くす真実の光明。副将アポロンが竪琴を奏で、その旋律がニギハヤヒの円盤の「停止の理」を、無理やり「再生の光」へと上書きしていく。
「……不浄の地に、私の詩を汚す価値はないと思っていたが。……泥の中で足掻く者の瞳は、高天原の神々より、よほど美しく輝いている」
そして、地響きと共に大将ヘパイストスが、ニニギの隣へと着地した。
彼は巨大な重槌を肩に担ぎ、ニニギのボロボロになった盾を一瞥した。
「……おい、小僧。随分と酷い使い方をしてくれたな」
「……あ、あんた……誰だ?」
「俺か? 俺は天で一番短気な職人だ。……その盾、隼人の石とマカツの鉄か。筋はいいが、鍛え方が甘い。……貸せ。神具のゴミを叩き潰すための『真の防壁』に変えてやる」
ヘパイストスがニニギの盾に重槌を振り下ろした。
――ドォォォォォォォォンッ!!
火花が散る。だが、盾は壊れない。それどころか、神の槌打を受けるたびに、盾の表面にヘパイストスの「不滅の刻印」が刻まれ、失われていた質量が神の炎によって再構築されていく。
「……バ、馬鹿な……。ヘパイストス様、正気ですか! 供給源である貴方が、あのような不純物に手を貸すなど……!」
ニギハヤヒが初めて声を荒げる。だが、ヘパイストスは答えず、ただ赤く熱を帯びたニニギの盾を突き出した。
「ニニギと言ったか。……持て。天の理を跳ね返す、最強の『牙』だ」
「……、……。……最高だぜ、おっさん! ……借りは、あいつらの首で返すッ!!」
北の関門。
絶望の防衛戦は、三柱の離反神という「天の重し」を加えたことで、神軍を逆に押し潰すための「反撃の炉」へと変わった。




