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神を殺す王 ―神武東征ダークファンタジー―  作者: 水前寺鯉太郎
神軍戦争

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第44話

 地上に黒い津波が押し寄せるその頃、雲の上の聖域――高天原の最深部では、地上の惨劇とはまた異なる「冷たい嵐」が吹き荒れていた。

 白銀の円卓を囲むのは、天のことわりを司る最高位の神々。その中心で、知恵の女神アテナが、魔力の糸を紡ぐように冷徹な声を発した。

「……計算は出ました。これより地上全域を『永久凍土』とし、不浄なる細胞の活動を根底から停止させます。オモイカネの論理、および私の戦術において、これが唯一の完遂案です」

「待て、アテナ。それは『統治』ではない、ただの『埋め立て』だ」

 円卓の端、すすに汚れた巨躯を震わせ、鍛冶神ヘパイストスが立ち上がった。彼の右手にある重槌ハンマーが、神殿の床を鈍く叩く。

「俺は、天の軍勢に最強の鎧を与えた。だが、それは神の威厳を守るためであって、地上の火をすべて消し去るためではない。……イワレビコという男の義手を見たか? あれは泥から生まれた『魂』だ。それをただ消すだけなら、俺の槌に存在意義はない」

「感情は不要です、ヘパイストス。天の純度は、犠牲なくして保てません」

 アテナの瞳に、慈悲の色はない。その瞬間、神殿の空気が凍りついた。

「……あーあ。相変わらずお硬いねぇ、アテナちゃん」

 神殿の柱に寄りかかっていた青年――伝令神ヘルメスが、退屈そうに羽の生えた靴を鳴らした。

「情報が死んでるよ。オモイカネの計算式には『驚き』がない。そんな世界を走るのは真っ平ごめんだ。僕は降りるよ。この戦争、勝っても負けても『つまらない』からね」

「……光を失った玉座に、私の歌は必要ない」

 黄金の竪琴を奏でながら、太陽神アポロンもまた、静かに席を立った。彼の放つ光明が、高天原の広間から少しずつ引いていく。

「ヘルメス、アポロン、そしてヘパイストス……。正気ですか? 太陽神アマテラス様への叛意と受け取りますよ」

「勝手にしろ。……俺は、俺が叩きたいものを叩くだけだ」

 ヘパイストスは重槌を円卓の真ん中に放り出した。――ズゥゥゥゥンッ!! という地響きが、神々の絶対的な結束が崩れた音として響き渡った。

「……下野げやさせてもらう。……天の理が泥に塗れるのを、特等席で見物させてもらうぜ」

 三柱の神が、光の粒子となって高天原から消え去る。

 後に残されたアテナの顔には、初めて「計算外」の亀裂が走っていた。

 その瞬間、地上の戦場。

 海から迫るワタツミの軍勢。その先鋒を務めていた神兵たちの白銀の鎧が、一瞬、泥を塗ったようにその輝きを失った。

「……、……。……何だ? 空気が……軽くなった?」

 本陣のイワレビコが、天を見上げた。

 義手の左腕が、不気味なほど静かになっている。天界の供給源ヘパイストスが断たれたことで、神の力が、僅かに「生身」の重さに戻り始めていたのだ。

「……、……。……スイゼイ、視えるか。……天で、何かが壊れたぞ」

「……、……。……星が……三つ、落ちた。……ふ、ふふ……。神様も、一枚岩じゃないってわけだ……」

 スイゼイが、血まみれの口元で歪んだ笑みを浮かべる。

 絶望の第二次討伐軍。だが、その背後の空に、初めて「人間軍」が付け入るべき、真っ黒な隙間が生まれようとしていた。

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