第43話
マカツの廃墟に、一振りの潮風が吹き抜けた。それはもはや自然の風ではない。海から迫る双皇の殺気が、空気そのものを塩味に変えていた。
「……、……。布陣は決まった」
イワレビコが、義手の左手で地図上の三点を指し示した。
彼の声は、凪いだ海のように静かだった。だが、その瞳の奥には、一万の命を預かる王の、研ぎ澄まされた孤独が宿っていた。
「……ニニギ。お前は磐井造と共に北へ向かえ。……北の関門は、ニギハヤヒとトリトーンの猛攻に晒されている。……お前の『盾』がなければ、マカツは半日で落ちる」
「……、……っ。殿、本気かよ! あのバケモノ二人が海から来てるんだぞ! 俺がここに残らなきゃ、あんたを誰が守るんだッ!!」
ニニギが机を叩き、激昂する。
彼にとって、イワレビコの盾であることは存在意義そのものだ。それを「離れろ」と言われるのは、死刑宣告にも等しい。
「……ニニギ。……俺を信じろ。……そして、俺が信じたお前の『盾』を、北の民のために使え」
イワレビコが、義手でニニギの肩を強く掴んだ。
ギチ、ギチ……。
鋼の指先から伝わる、熱い拍動。ニニギはその熱に、反論の言葉を飲み込んだ。
「……、……。……ちくしょう。……分かったよ。……死なせねえ。北の民も、俺自身も……そして、あんたもだ!」
「磐井造、ニニギを頼む。……奴は熱くなりすぎる。お前の『理』で、奴を支えてやってくれ」
「承知いたしました、王よ。……筑紫の鉄、神の理にどこまで抗えるか、試してみせましょう」
磐井造が静かに頭を下げる。
軍議の隅で、スイゼイが血の混じった唾を吐き捨てながら、鈴を揺らした。
「……、……。……後詰めは、ツチグモ(隼人の長)とクマソタケル。……敗残兵の根性、見せてやれ。……お前たちが崩れれば、全軍が海に沈む」
「……言われるまでもねえ。……神の喉笛を噛みちぎる機会を待つのは、熊襲の得意分野だ」
タケルが巨大な棍棒を肩に担ぎ、不敵に笑う。
「隼人の誇り、この地に埋める覚悟で参ります」
長の声もまた、静かな決意に満ちていた。
「……行くぞ。……神軍第二次討伐軍……。天が本気なら、俺たちは『絶望』そのものになって応えてやる」
マカツ軍、出陣。
北へ向かうニニギの軍勢と、海を見据えるイワレビコの本陣。
二つの影が分かたれた瞬間、空から一条の雷光が落ち、戦争の幕が切って落とされた。




