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神を殺す王 ―神武東征ダークファンタジー―  作者: 水前寺鯉太郎
神軍戦争

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第46話

 潮騒が、悲鳴のように高まっていた。

 マカツ本陣の背後、避難民と負傷兵が固まる「後詰め」の陣地。そこは、北の関門や正面の海戦から切り離された、静かなる包囲網のただ中にあった。

「……、……。……嫌な匂いだ。潮の香りが、腐った肉のように鼻につくぜ」

 クマソタケルが、身の丈を超える巨大な棍棒を肩に担ぎ、霧の向こうを睨み据えた。

 彼の隣では、ツチグモが黒曜石の斧を握り直し、低く身を構えている。

「……タケル、油断するな。……風が止まった。……これは、嵐の前の静けさではない。……世界の『流れ』が止められたのだ」

 霧が、音もなく左右に割れた。

 そこから現れたのは、白銀の衣を纏い、濡れた黒髪を潮風になびかせる三人の美女だった。

 宗像三女神――田心姫タゴリヒメ湍津姫タギツヒメ市杵島姫イチキシマヒメ

 彼女たちは武器を持たず、ただ優雅に、しかし氷のような眼差しで、泥にまみれた二人を見下ろしていた。

「……不浄の種族、熊襲くまそ隼人はやと。……神の慈悲を拒み、泥を啜ってまで生きながらえようとする、醜い命の残骸ね」

 中央に立つタゴリヒメが、白く細い指先を空中で踊らせた。

 その瞬間、周囲の霧が銀色の「糸」へと変貌し、後詰めの陣地を何重にも取り囲んだ。

「……なんだ、この糸は!? 棍棒が、……動かねえッ!!」

 タケルが咆哮し、力を込める。だが、彼の剛腕に絡みついたのは、物理的な縄ではない。海水の粘りと天のことわりを練り合わせた「因果の檻」だ。動こうとすればするほど、糸は肉に食い込み、彼の強靭な皮膚から黄金色の火花を散らして、その体力を吸い取っていく。

「……無駄よ。私たちの紡ぐ糸は、貴方たちの『歩んできた道』そのもの。……己の罪を背負ったまま、動けるはずがないわ」

 イチキシマヒメが、琵琶のような音色を響かせる。その音が響くたび、ツチグモの足元の大地が泥濘ぬかるみへと変わり、底なしの深淵となって彼を飲み込もうとする。

「……っ……、……。……罪、だと……?」

 ツチグモは、泥の中に膝をつきながら、黒曜石の斧を地面に突き立てて踏みとどまった。

 彼の灰色の瞳が、女神たちの高潔な美しさを射抜く。

「……俺たちが生きようとすることが罪なら、……天にあるお前たちは、……ただの『動かぬ屍』に過ぎない。……泥の匂いを知らぬ神に、……俺たちの執念を語らせるなッ!!」

「……威勢がいいわね。……なら、その執念ごと、潮溜まりの底で冷たくなりなさい」

 タギツヒメが、袖から一振りの水を放った。

 それはただの水ではない。数万トンの水圧を一点に凝縮した「死の飛沫」だ。

 ――ドォォォォォォォンッ!!

 衝撃波が後詰めの陣地を粉砕する。

 クマソタケルは糸に縛られたまま、その巨躯を盾にしてツチグモと避難民を守った。彼の背中から血が噴き出し、棍棒が半分に折れる。

「……は、はは……。……いいぜ、お高く留まった姉ちゃんたちよ」

 タケルが、口いっぱいの血を吐き捨て、歪んだ笑みを浮かべた。

 彼の筋肉が、限界を超えて膨張し、絡みつく銀の糸が「ギチ、ギチ」と悲鳴を上げ始める。

「……『重さ』なら、山ほど背負って生きてきたんだ。……神様の糸一本で、俺の歩みが止まると思うなよッ!!」

 敗残の戦士たちの、最後の意地。

 美しき女神たちの包囲網の中で、野獣の瞳が赤く、暗く燃え上がっていた。

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