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神を殺す王 ―神武東征ダークファンタジー―  作者: 水前寺鯉太郎
神軍戦争

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第39話

 結界が砕け、歓喜が村に満ちるはずだった。

 だが、砕け散った透明な膜の破片は、地に落ちる前に空中で静止し、一本の「糸」へと姿を変えた。

『――計算を修正する。救済のフェーズは終了した。これより、この座標における不確定要素の「物理的排除」を開始する』

 天の裂け目に、一振りの**羽のはねのおうぎ**が現れた。

 白銀の羽根が重なり、太陽の光を冷たく反射するその扇が、ゆっくりと地上へ向けて振り下ろされる。

 その瞬間、空から無数の「魔力の糸」が降り注いだ。

 それは蜘蛛の糸よりも細く、しかし天の沼矛よりも鋭利な、論理によって研ぎ澄まされた切断線だ。

「……、……ッ!? ニニギ、盾を!!」

 イワレビコが叫ぶよりも早く、最前列にいた一軒の民家が、音もなく「スライス」された。

 屋根が、柱が、そして中にいた家具が、まるで見えない刃でなぞられたかのように滑らかに上下に泣き別れる。

「う、うわああああああッ!!」

 逃げ惑う村人の一人の肩を、一本の糸が掠めた。

 血が噴き出す暇さえない。切断面は一瞬で結晶化し、細胞の繋がりを「論理的に否定」された肉体が、ボロボロと崩れ落ちる。

「ふざけんなッ! この、卑怯者がァッ!!」

 ニニギが咆哮し、大楯を頭上へ掲げた。

 ――覚醒・【不動の牙】。

 楯から放たれる黄金の闘気が糸を弾き飛ばそうとするが、魔力の糸は意志を持つ蛇のようにニニギの盾を迂回し、背後の民衆へと狙いを定める。

「……、……。……オモイカネ……ッ!!」

 イワレビコは義手の左腕を突き出し、空を舞う糸を「掴もう」とした。

 

 ――深淵出力・【万有引力】!!

 義手から放たれた強力な引力が、周囲の糸を強引に自分へと引き寄せる。

 だが、その代償は凄まじかった。

 数十、数百の魔力の糸が、イワレビコの義手と右肩を容赦なく切り裂いていく。黒い鉄の義手が火花を散らし、隙間から黄金色の蒸気が血と共に噴き出す。

『無意味だ、イワレビコ王。糸は私の「扇」が振られるたびに増殖する。貴公が一本を掴む間に、村の半分を細切れにできる計算だ』

 空の扇が、再び大きく開かれた。

 今度は数千の糸が、村全体を覆う「網」となって降り注ぐ。

「……っ……ぁ……」

 スイゼイが、血まみれの手で鈴を振ろうとするが、指の力が残っていない。

 

 一万の人間軍が、ただ空から降る「光の糸」の前に、手も足も出せず震えていた。

 盾も、槍も、呪文も届かない。

 空に浮かぶ扇一つで、この地の全ての「生」が否定されようとしている。

「……、……。……まだ……終わって……ねえ……」

 イワレビコは、糸に切り刻まれながらも、折れた槍の柄を口に咥えた。

 左腕はもはや動かない。右半身も糸に絡め取られ、一歩動けば肉が削ぎ落とされる。

 だが、彼の黄金の瞳には、まだ火が灯っていた。

「……オモイカネ。……お前の計算には……一つ、致命的な欠陥がある」

『……ほう。聞かせてもらおうか』

「……お前は、……俺を『生け捕り』にするつもりなんだろう? ……アマテラスへの……供物にするために……な」

 イワレビコが、自らの喉元に、あえて魔力の糸を押し当てた。

 皮膚が裂け、血が流れる。

「……ここで俺が……自ら『零』になれば……、……お前の完璧な計画は……どうなる?」

 ――王の自害という脅迫。

 ハードボイルドな命のやり取り。

 

 空の扇が、ぴたりと動きを止めた。

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