第35話
「……、……。……死んだと……思ったか。……天の使いよ」
瓦礫の山から、一人の影が這い出した。
スイゼイだ。彼の巫女服は返り血でどす黒く汚れ、片方の足首は妙な方向に曲がっている。だが、その手に握られた銀の鈴だけは、一点の曇りもなく冷たく光っていた。
「スイゼイ! 生きてたかッ!」
ニニギがニギハヤヒの円盤を盾で弾き飛ばしながら叫ぶ。
「……五月蝿いぞ、ニニギ。……集中を乱すな」
スイゼイが、折れた足を引きずりながらタヂカラオの足元へと歩み寄る。
重力反転から復帰し、再び拳を振り上げようとしていた巨神が、その小さな羽虫のような存在に気づき、三つの目を細めた。
「……しぶといな、泥の巫女よ。……貴様のその鈴、一突きで塵にしてくれよう」
「……、……。……できるものなら……やってみろ。……お前の体は……今、私の『呪い』の領土だ」
スイゼイが、震える手で鈴を天に掲げた。
――禁術・【言霊の檻】。
リン、リン、リンッ!!
鈴の音が響くたび、タヂカラオの黄金の筋肉に、真っ黒な「文字」が浮かび上がった。
それはかつてマカツで死んでいった人間たちの怨念、そしてスイゼイが一生をかけて蒐集してきた、天の理を逆転させる「禁忌の詠唱」だった。
「な、……!? 身体が……動かぬ! 筋肉が……石のように……ッ!」
タヂカラオが驚愕に目を見開く。
振り上げた拳が、空中で静止した。それは物理的な拘束ではない。スイゼイの呪文が、タヂカラオの脳から全身へ送られる「神力の伝達信号」を強引に遮断し、上書きしているのだ。
「……っ……、あ……」
スイゼイの目、鼻、耳から、一気に鮮血が吹き出した。
神の動きを止めるという行為は、人間の精神をシュレッダーにかけるに等しい代償を伴う。
「……イワレビコ……!! いま……だ……!!」
スイゼイが吐血しながら叫ぶ。
「……、……。……よくやった、スイゼイ」
イワレビコが跳躍した。
重力反転の余波で宙に浮く瓦礫を足場に、一気にタヂカラオの胸元――その巨大な核心へと肉薄する。
義手の左腕が、これまでにないほど激しく脈動し、周囲の光を吸い込んでいく。
「……アマテラスに……伝えておけ」
イワレビコが槍を構え、その全身の「海の血」を一点に集中させる。
「……『不浄』は……お前たちの喉元まで……届いていると」
――深淵一閃・【神貫】!!
静止した巨神の胸板を、黄金色の光を纏った黒い槍が、雷鳴を伴って貫通した。




