第33話
その光景は、戦いというよりは「蹂躙」に近かった。
巨神タヂカラオが、ひしゃげた城門の残骸をただの一蹴りで粉砕し、砦の内部へと踏み込んだ。その一歩ごとに、石造りの床が爆発するように弾け、守備兵たちは震動だけで吹き飛ばされる。
彼は武器を持たない。その巨大な「拳」こそが、神が鋳造した最強の攻城兵器だった。
「逃げるな、不浄ども。……我が掌の中で、塵となる栄誉を与えよう」
タヂカラオの三つの目が、イワレビコを捉えた。
同時に、上空ではニギハヤヒが十枚の円盤――十種神宝を、蓮の花のように展開させていた。
「タヂカラオ、余興は終わりだ。……速やかに『神殺し』を処理し、この地の魂を回収する」
「……、……」
イワレビコは、黒い義手の指を一本ずつ確かめるように動かした。
ギチ、ギチ……。
義手の隙間から、黄金色の蒸気が噴き出す。神具である十種神宝が放つ「聖なる気配」に、彼の「不浄の腕」が激しく拒絶反応を起こし、焼けるような激痛が走っていた。
「……ニニギ。……生存者を、奥の隠し通路へ誘導しろ」
「殿! ですが、こいつら二人は……!」
「……、……。……行け。……俺が、こいつらの『重さ』を引き受ける」
イワレビコが槍を掲げた瞬間、ニギハヤヒの円盤が三枚、音もなく放たれた。
『蛇比礼』――。
円盤が通過した空間が、捩じ切られた布のように歪み、イワレビコの視界が狂う。
「……ッ!」
イワレビコは、義手の左腕を前方へ突き出した。
――重圧・防壁!
義手から放たれた深海の重圧が、歪んだ空間を強引に押し戻し、円盤の軌道を逸らす。
だが、その直後。
頭上から、太陽を遮るような巨大な影が降り注いだ。
タヂカラオの拳。
それは、ただの打撃ではない。空気を圧縮し、熱エネルギーへと変えた「隕石」の落下だった。
――ドォォォォォォォォンッ!!
砦の中心部が、一撃で消滅した。
土煙が晴れた跡に残されたのは、深さ数メートルのクレーター。
イワレビコは、義手の左腕でその巨拳の「指先」を受け止めていた。
「……、……!」
義手の鋼が、タヂカラオの筋力に耐えかねて悲鳴を上げる。
イワレビコの足元の地面は膝まで陥没し、全身の血管が破裂しそうなほどの負荷がかかっていた。
「ほう。……我が指の一突きを、その細い腕で支えるか。……だが、王よ。……支えるだけで、何ができる?」
タヂカラオが、もう一方の拳を振り上げる。
さらに、ニギハヤヒの残りの円盤が、イワレビコの死角から「停止の光」を収束させていた。
「……、……。……支えるだけだと……言った覚えは……ないぞ」
イワレビコの灰色の左目が、赤黒く変色した。
彼は、タヂカラオの巨拳に押し潰されながらも、右手の槍【天の沼矛】を、あえて「真下」――自らの足元の地面へと突き立てた。
「……ニギハヤヒ。……お前の円盤は、空気を切る。……タヂカラオ。……お前の拳は、大地を砕く」
イワレビコの義手が、黄金色に発光し、脈動を始めた。
「……なら、この場の『重力』を……根こそぎ狂わせれば……どうなると思う?」
――深淵覚醒・浮獄。
次の瞬間、砦を囲む全ての重力法則が反転した。
数トンある瓦礫が空へと舞い上がり、タヂカラオの巨躯が、その自重に翻弄されてバランスを崩す。
空中のニギハヤヒも、予期せぬ引力の乱れに円盤の制御を失った。
混沌とする無重力の戦場。
イワレビコだけが、槍を大地に固定し、ただ一人、地に足を着けていた。
「……、……。……一万の命を預かった王を……『軽い』と思うなよ」
イワレビコが、無防備に浮き上がったタヂカラオの「膝」を狙い、槍を構えた。
反撃の幕が、上がる。




