第32話
それは、攻城兵器の咆哮ではなかった。
一柱の神が、ただその肉体のみを弾丸として放った、原始的な破壊の音だった。
「ぬんッ!!」
タヂカラオの巨躯が、大気を圧縮しながら砦の正門へと撃ち込まれた。
ニニギが率いる百人の楯兵が、黒石の重楯を重ねて「亀甲陣」を敷いていたが、神のタックルはその全てを木の葉のように撥ね飛ばした。鉄の門はひしゃげ、岩壁は飴細工のように砕け散る。
「がはっ……!? 馬鹿な、この……質量……ッ!」
ニニギが泥を噛みながら叫ぶ。盾の表面には、タヂカラオの肩の形に深い窪みが刻まれていた。
土煙が舞い、防衛線が完全に崩壊したその瞬間。
タヂカラオの巨大な影の隙間から、銀色の閃光が滑り込んできた。
「……掃討を開始する。天の光、天の風、それら全てを以て、不浄を削げ」
神軍の若き将、ニギハヤヒ。
彼は十枚の「十種神宝」を象った光る円盤を背後に従え、空中に浮遊しながら砦内へと侵攻した。
「行け」
ニギハヤヒが指を振るうと、二枚の円盤――『死返玉』と『足玉』が、意志を持つ獣のようにうねりながら人間軍の中へ突っ込んだ。
それは斬撃ではない。
円盤が通過した軌道上の空間が、強引に「停止」させられる。
逃げ遅れた兵士たちが、叫ぶ間もなく彫像のように固まり、次の瞬間、風に吹かれた砂のように崩れ去った。
「貴様ぁッ!!」
一人の隼人の戦士が石斧を投げつけるが、ニギハヤヒは視線すら向けない。別の円盤が石斧を空中で粉砕し、そのまま戦士の胸を貫いた。
「……無駄だ。我らが理の前に、肉体の抵抗など誤差に過ぎぬ」
ニギハヤヒの冷徹な進撃。
正門を破ったタヂカラオが、崩れた岩を握り潰しながら立ち上がり、その後ろからニギハヤヒが「効率的な死」を撒き散らす。
砦の中は、瞬く間に阿鼻叫喚の地獄へと変わった。
「……、……」
砦の本陣。
イワレビコは、折れた槍の柄を義手で静かに握り締めていた。
彼の左目の黄金色が、怒りで沸騰している。
「……ニニギ、スイゼイ。……下がっていろ」
「殿! ですが、あの巨体とあの円盤を同時に相手にするのは……!」
「……、……。……一万の命を預かったと言ったはずだ。……王が退けば、一万が死ぬ。……なら、俺がこの門になるだけだ」
イワレビコが、一歩、前に踏み出した。
義手の左腕から、海水が沸騰するような黒い蒸気が吹き上がる。
前方に、巨神タヂカラオ。
上空に、死の円盤を操るニギハヤヒ。
二柱の神の視線が、一人の片腕の男に注がれた。
「……『神殺し』か。その首、アマテラス様への供物とするには、いささか汚れているな」
ニギハヤヒの円盤が、一斉にイワレビコを指した。
「……、……。……供物はお前たちだ。……地獄へ持っていく土産にしてやる」
イワレビコが槍を構える。
絶望的な蹂躙のただ中で、一人の男の闘志だけが、消えぬ灯火のように赤く燃え上がっていた。




