第28話
隼人の里を囲む荒野は、もはや逃げ場のない巨大な処刑場と化していた。
北からは、筑紫の精鋭――磐井造率いる三千の重装歩兵。
南からは、獣の咆哮を上げるクマソタケル率いる二千の猛者。
それに対し、イワレビコが率いるのは、傷ついた隼人の戦士とマカツの敗残兵、合わせて数百。
圧倒的な戦力差。だが、イワレビコは右手の槍【天の沼矛】を低く構え、義手の左腕から黒い蒸気を立ち昇らせていた。
「……ニニギ、スイゼイ。……死ぬ準備はできているか」
「準備なんざ、生まれてから一度もしたことねえよッ!」
ニニギが、隼人の黒石とマカツの鉄を溶接した**「巨大な盾」**を地面に叩きつけた。その衝撃で、足元の岩が粉砕される。
「……、……」
スイゼイが、包帯に血を滲ませながら鈴を振る。
「……神の法は、ここでは通用しない。……ここにあるのは、血と泥の、人間の理だけだ」
――ォォォォォォォッ!!
クマソタケルが、身の丈を超える巨大な棍棒を振り回しながら突撃してきた。
同時に、磐井の軍勢が「鉄の壁」となって、組織的な圧殺を仕掛けてくる。
「散れッ!」
イワレビコが命じる。
磐井の鉄騎兵が放つ投げ槍の雨が、イワレビコを襲う。
その時。
ニニギの全身が、黄金色の闘気に包まれた。
「……殿の前に、一本の矢も通さねえと言ったはずだぜ、神どもォ!!」
ニニギが掲げた盾が、一瞬で熱を帯び、膨張した。
彼は盾の裏に仕込まれた**「巨大な直刀」**を抜き放ち、盾と剣を十字に交差させた。
覚醒――【不動の牙】。
磐井の騎馬隊が放った一斉突撃。
それをニニギは、たった一人の「盾」で受け止めた。
衝突音ではない。雷が落ちたような轟音。
ニニギの足元から大地が割れ、彼の両足が泥の中に深く沈む。だが、鉄騎兵の馬たちは、壁に激突したかのように次々とその場で転倒し、後続を巻き込んで崩壊した。
「な……!? たった一人の盾に、我が鉄騎が止められただと!?」
磐井造が、馬上で絶句する。
「……次は、俺の番だ」
イワレビコが、ニニギの盾を蹴り台にして高く跳躍した。
空中で、義手の左腕が激しく火花を散らす。
――重圧・深淵。
イワレビコが左手をクマソタケルの頭上に掲げる。
見えない「海の質量」が、タケルの周囲百メートルの重力を、数倍に跳ね上げた。
「ぐ、おぉっ……身体が……重い……ッ!」
猛将タケルの棍棒が、自身の重さに耐えかねて地面に食い込む。
そこへ、イワレビコの【天の沼矛】が、一条の光となって突き刺さった。
殺してはいない。槍の穂先が、タケルの足元の岩を貫き、彼を地面に縫い付けたのだ。
「……クマソタケル。磐井造。……お前たちの『武』は、神を守るためのものか、それとも人間を守るためのものか」
イワレビコが、タケルの至近距離に着地した。
義手の指が、タケルの首筋に突き立てられる。
「……答える必要はない。……その瞳を見ればわかる。お前たちも、神という檻の中で、爪を研ぎ続けていたんだろう?」
沈黙。
磐井の兵たちも、熊襲の戦士たちも、ニニギの一人による防御と、イワレビコの圧倒的な「重圧」の前に、戦意を喪失していた。
クマソタケルが、棍棒から手を離し、豪快に笑い声を上げた。
「……ははは! まさか、マカツの亡霊に、ここまで叩きのめされるとはな! ……磐井よ、聞いたか。こいつの槍には、神の匂いじゃなく、泥の匂いが染み付いてやがる」
磐井造もまた、愛馬から降り、剣を鞘に納めた。
「……我らの負けだ。……供物として首を差し出すよりも、この『理不尽』な槍についていく方が、少しは面白い余生が送れそうだ」
二人の将が、同時に膝をついた。
それとともに、五千の連合軍が、一斉に武器を置き、片腕の王に向かって平伏した。
マカツの地。
そこへ向かう軍勢は、今、一万を超えた。
イワレビコは、義手で槍を強く握り直した。
遠く、北の空には、既にタケミカヅチの放つ不吉な「静電気」が渦巻いている。
「……行くぞ。……天を地に引きずり下ろす、最後の行軍だ」
泥にまみれた王と、裏切り者の将、そして絶望を知る一万の兵。
「人間軍」は今、歴史上かつてない「神への毒物」となって、北へと動き出した。




