第26話
隼人の里の最奥、潮騒が洞窟の壁を震わせる鍛冶場。
そこには、イワレビコとニニギ、そして顔を布で覆った隼人の老技術者たちが集まっていた。中央の石台の上に鎮座しているのは、鈍い黒光りを放つ「腕」だった。
「……できたぞ。マカツの鉄、隼人の硬木、そして神の残骸。これら全てを、スイゼイの血で練り上げた『不浄の義手』だ」
ツチグモが、重々しく告げる。
その義手は、美しくはない。節々は荒々しく、指先は神の皮膚を裂くための鉤爪となっている。内部からは、微かに海水が流れるような、不気味な音が響いていた。
「殿、本当にいいんですか……。これをつけるってことは、もう二度と、普通の人間には戻れねえってことだ」
ニニギの懸念を、イワレビコは視線だけで遮った。
彼は無言で石台の前に立ち、失われた左肩の断面をさらけ出した。
「始めろ。……ぬるい感傷は、あの荒野に捨ててきた」
スイゼイが、震える手で義手を持ち上げた。
彼が呪文を唱えると、義手の付け根から数千本の「鋼の神経」が、生き物のように蠢きだした。
「……叫ぶなよ、イワレビコ。これはお前の骨を削り、魂を直接接合する儀式だ」
――ズブ、ズブ、ズブッ!!
イワレビコの絶叫が、洞窟の壁を突き破らんばかりに響き渡った。
麻酔などない。鋼の触手が、彼の焼けた肉を抉り、神経を一本ずつ強引に繋ぎ合わせていく。黄金色の「海の血」が義手の隙間から溢れ出し、黒い鉄と溶け合って激しく沸騰した。
一刻(二時間)の後。
滝のような汗を流し、虚脱したイワレビコの左肩には、完璧に適合した「黒い腕」が繋がっていた。
「……動くか」
イワレビコは、恐る恐る左の指を曲げた。
ギチ、ギチ……。
硬質な金属音が響く。それは自らの肉体よりも重く、しかし、かつての【フツノミタマ】と一体化していた頃よりも、ずっと鋭い「感覚」を彼に与えていた。
「この腕は、お前の『海の血』の圧力を増幅する。……槍を支えるだけじゃない。これ自体が、神を押し潰すための『深海の重石』だ」
スイゼイの言葉を聞きながら、イワレビコは傍らの【天の沼矛】を手に取った。
右手で突き、左の義手で「間合い」を制御する。
それは、失ったことで手に入れた、新たなる武の形。
「殿! 里の外に……集まってきています!」
ニニギの声に誘われ、イワレビコは洞窟の外へ出た。
そこには、隼人の戦士たちだけではなく、噂を聞きつけて南へ逃れてきたマカツの敗残兵、そして神の支配に絶望した他国の民たちが、数千の群れとなって平伏していた。
「……神殺しの王よ! 俺たちに、死に場所をくれ!」
「犬として焼かれるのはもう飽きた! あんたの槍の、盾にしてくれ!」
かつての「王」を仰ぎ見るような敬意ではない。
そこにあるのは、怪物に縋るしか道がない者たちの、真っ黒な熱狂だった。
「……いいだろう」
イワレビコは、義手の左腕を天に向けて突き出した。
その指先が、空に走る亀裂を指差す。
「これよりマカツへ戻り、天を衝く。……俺についてくる者は、もはや人間ではない。神を屠るための、一振りの『呪い』だ。覚悟のある者だけ、武器を取れ!」
――ォォォォォォォッ!!
南の果て。
「人間軍」とは名ばかりの、復讐者たちの軍勢が産声を上げた。
イワレビコの左腕――隼人の技術とスイゼイの呪い、そして彼の執念が凝縮されたその鋼が、夕陽を浴びて不吉に、しかし確かに輝いていた。




