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神を殺す王 ―神武東征ダークファンタジー―  作者: 水前寺鯉太郎
神殺しの始まり

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第24話



  隼人の里を囲む断崖の下、荒れ狂う黒潮が岩を噛むみぎわが、決闘の舞台となった。


 叩きつけられる飛沫しぶきが、イワレビコの傷口に塩を塗り込む。焼けるような激痛。だが、その痛みが、タケミカヅチの雷に焼かれ、麻痺していた彼の神経を強引に呼び覚ましていた。


「……来い、マカツの亡霊」


 ツチグモが、身の丈ほどもある巨大な黒曜石の斧を肩に担ぎ、砂を蹴った。


 その巨体からは想像もつかぬ速さ。斧が空気を切り裂き、イワレビコの頭上から「死」の重圧となって降り注ぐ。


「……ッ!」


 イワレビコは右手の槍を横に払い、斧の腹を叩いて軌道を逸らした。


 だが、左腕がない。重心を支える「対の手」がない体は、衝撃を逃がしきれず、無様に砂の上を転がった。


「どうした。神を殺す牙とやらは、腕と一緒に置いてきたか」


 ツチグモの追撃。石斧が地面を砕き、岩の破片が弾丸となってイワレビコの頬を切り裂く。


 イワレビコは必死に槍を杖にして立ち上がった。右腕一本で長槍を操る。それは、武術の常識を捨てた、あまりに不格好な「棒振り」だった。


「……ツチグモ。……お前は、犬として生きるのが……そんなに、誇らしいのか」


「誇りなど、腹の足しにもならん! 俺は、この里の赤ん坊が、明日も目覚める権利を守っているだけだ! お前のような、夢に酔った王に殺されてたまるか!」


 ツチグモの咆哮。


 斧が円を描き、イワレビコの逃げ場を塞ぐ。


 イワレビコは、あえてその斧の「内側」へ飛び込んだ。


 


 ――ガチリ。


 槍の柄を、自らの右脇に固く挟み込む。


 左腕がないのなら、全身を「柄」にすればいい。自分の背骨を槍の一部に変える。それが、彼がこの十日間の地獄で辿り着いた、片腕の槍術だった。


「……、……!」


 石斧の柄と、鉄槍の柄が噛み合い、至近距離で二人の視線が激突した。


 ツチグモの目に、驚愕が走る。


 イワレビコの灰色の左目が、再び黄金色の「海の血」の輝きを取り戻し始めていた。


「……神は、倒せない。……そうだな、ツチグモ。……俺も、あの日……そう思ったよ」


 イワレビコは、槍を支えにツチグモの胸元へ蹴りを叩き込んだ。


 体勢を崩した長に対し、彼は槍の石突き(尻の部分)を地面に突き立て、しなる穂先を跳ね上げた。


「だがな……、……俺の背後で死んでいった奴らが……『諦めろ』とは……一言も、言わねえんだよッ!!」


 イワレビコの右腕から、黒い霧が噴き出した。


 【フツノミタマ】は失った。だが、その呪いは彼の血肉に溶け込み、今、槍の穂先に宿っていた。


 


 ――穿うがて。


 一閃。


 槍はツチグモの肩を貫く……寸前で、止まった。


 鋭い風が、ツチグモの頬から血を滲ませ、背後の巨岩に深い穴を穿った。


「…………」


 静寂が戻った。


 荒い息をつく二人の間に、ただ波の音だけが響く。


「……なぜ、外した」


 ツチグモが、震える声で訊いた。


 イワレビコは、槍をゆっくりと下ろし、力なく笑った。


「……殺すために、来たんじゃない。……あんたのその『牙』を、貸してもらいに来たんだ。……神という鎖を……噛みちぎるための、牙をな」


 イワレビコの身体が、限界を迎え、崩れ落ちる。


 ニニギが駆け寄り、その体を抱きとめた。


 ツチグモは、自分の肩を掠めた槍の余韻を見つめ、やがて空を仰いだ。


 


「……馬鹿な男だ。……天に逆らえば、骨も残らぬというのに」


 だが、ツチグモの顔からは、先ほどまでの「諦念」という名の仮面が剥がれ落ちていた。


 彼は石斧を砂に突き立て、里の戦士たちに向かって叫んだ。


「この死に損ないを、奥の寝所へ運べ! ……スイゼイとかいう薬師もだ! 隼人の薬草を……全部、ぶち込んでやれ!」


 南の果て。


 「人間は神に逆らえない」という宣告は、一人の片腕の王の執念によって、塗り替えられようとしていた。

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