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神を殺す王 ―神武東征ダークファンタジー―  作者: 水前寺鯉太郎
神殺しの始まり

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第19話

その音は、鼓膜ではなく脳髄に直接響いた。

 ――ヒヒィィィィィンッ!!

 それは馬のいななきに似ていた。だが、そこには獣の飢えと、金属が擦れるような無機質な響きが混じっていた。

 北の荒野。破壊された拠点のクレーターの向こうから、一筋の純白の雷が地を這うように迫ってくる。

「……来る。隠れろ、ニニギ!」

 イワレビコが叫ぶ。彼の【フツノミタマ】は、恐怖に錯乱したかのように、これまでにないほど激しく脈動していた。浸食が進んだ左半身が、敵の放つ圧倒的な「静電気」に反応し、黒い鱗の隙間から黄金色の火花を散らす。

 雷光の中から、姿を現したのは巨大な**「三つ首の犬」**だった。

 全身を白金の毛皮に覆われ、六本の脚が地を蹴るたびに、荒野が結晶化していく。三つの首にはそれぞれ、以前倒した神兵たちとは比較にならぬほど巨大で、精緻な「笑顔」の仮面が固定されていた。

 

 神の獣性。それは、高天原の法を執行するための、意思なき暴力の塊。

「……あ、ああ……」

 スイゼイが、恐怖にガタガタと震えながら崩れ落ちた。

「……タケミカヅチの……『獣の姿』だ……。あんなものに、勝てるわけがない……」

 三つ首の犬は、イワレビコたちの前で立ち止まった。

 三つの首が同時に、天に向かって咆哮を上げる。

 ――ォォォォォォォォッ!!

 その咆哮とともに、犬の身体が白金の雷光に包まれた。

 毛皮が収縮し、六本の脚が溶け合い、三つの首が一つに集束していく。

 それは変身というより、純粋なエネルギーが物理的な「法」へと凝縮されていく過程だった。

 雷光が収まった時。

 そこには、一人の男が立っていた。

 身の丈は二メートルを超える。

 これまでの神兵のような豪華な鎧は纏っていない。ただ、黒い軍服のような実戦的な装束に、雷の紋様が刻まれた白金の肩当てだけ。

 顔は、人間の戦士のように荒々しく、顎髭を蓄えていた。

 だが、その瞳だけは違った。虹彩も瞳孔もない。ただ、暴風雨の中の空のような、不気味な灰色が渦巻いていた。

 将軍、タケミカヅチ。

 彼がそこに立つだけで、周囲の重力が狂い、地上の灰が空へ向かって逆流し始めた。

「……不快な羽音だ」

 タケミカヅチの声は、低い雷鳴のようだった。

 彼はイワレビコを一瞥もしない。ただ、自分の手に凝縮され始めた雷光を見つめていた。

 タケミカヅチが右手を横に振る。

 その瞬間、周囲の雷光が一瞬にして収束し、一振りの**「大槍」**へと姿を変えた。

 

 槍身はタケミカヅチの身の丈を超え、刃は鈍く灰白色に光っている。装飾など一切ない。ただ、神を拒絶する不純物を、根こそぎ貫き通すためだけに鍛え上げられた、武の絶対権現。

「……貴様が、カグヤマを討ったゴミか」

 タケミカヅチが、初めてイワレビコに視線を向けた。

 その瞬間、イワレビコは全身の穴という穴から血が吹き出すような、圧倒的な殺気に押しつぶされた。

「……が、あ……っ」

 フツノミタマを構えることもできない。

 イワレビコの中にある「海の血」が、タケミカヅチの放つ「天の雷」の前に、本能的な恐怖で凍りついていたのだ。

「……弱い。……話にならぬ」

 タケミカヅチは退屈そうに呟き、大槍を水平に構えた。

 穂先から、純白の雷が地を這い、荒野を焼き、イワレビコの心臓へと狙いを定める。

 神の余裕。

 「戦い」さえ始まらない。

 ただの執行が、今、始まろうとしていた

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