表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神を殺す王 ―神武東征ダークファンタジー―  作者: 水前寺鯉太郎
神殺しの始まり

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/74

第11話

アメノカグヤマの首を落とした夜、マカツには祝杯の音も、勝利の咆哮も響かなかった。


 そこにあるのは、空を覆っていた白金戦船の残骸が地上に降り注いだことによる、新たな火災と、黄金色の神の血に汚れた灰の海だけだった。


 イワレビコは、かつての玉座があった瓦礫の上に座り、フツノミタマを膝に置いていた。


 


 彼の左腕は、もはや人間の肉の色を思い出せないほどに黒く、硬く、変質していた。


 呼吸をするたびに、肺の奥で黒い煤が舞うような感覚がある。一柱の神を殺す。その代償は、彼の寿命そのものを薪にして燃やしているに等しかった。


「殿、傷の手当てを……」


 オオクメが、震える手で布を差し出す。


 イワレビコは答えなかった。黄金色に変色した左目が、遠く、暗闇の先を見据えている。


「オオクメ。……聞こえるか」


「……何がでございますか?」


「風の音が変わった。……恐怖の匂いが、遠くから集まってきている」


 翌朝。


 マカツの廃墟には、奇妙な光景が広がっていた。


 近隣の村、あるいは遥か遠方の国から、ボロを纏った者たちが列をなして集まってきたのだ。彼らは「神殺しの王」を一目見ようと、泥にまみれた足をひきずり、マカツの門――今はもうただの石柱の残骸――を潜ってきた。


 だが、その瞳に宿っているのは希望だけではない。


 


「あの方が、神を殺した男か」


「怪物じゃないか。あの左腕を見ろ」


「あの方に付いていけば、もう供物を差し出さなくて済むのか? それとも、あの方のせいで、俺たちの村まで焼かれるのか?」


 囁き声は、イワレビコの耳に明瞭に届いた。


 彼は立ち上がり、集まった群衆の前に出た。かつての王としての威厳は、今や「畏怖」へとすり替わっている。


「……用件を言え」


 イワレビコの声が響く。


 群衆の中から、一人の男が這い出てきた。かつてはどこかの国の騎士だったのだろう、ひどく傷ついた鎧を纏っている。


「イワレビコ王よ。……我らの国も、昨夜、神軍に焼かれました。アメノカグヤマという神が討たれたことへの『連座れんざ』として、無関係な村々が光に飲み込まれたのです」


 イワレビコの眉が、僅かにピクリと動いた。


「我らは、あなたを恨みに来ました。……そして、あなたにすがりに来ました。……もはや、この地には逃げ場などない。神に許しを乞うか、あなたと共に地獄へ落ちるか。二つに一つしか、道は残されていないのです」


 男が地面に額を擦り付ける。それに続き、数百人の民が、まるで祈るようにイワレビコの前に平伏した。


 


 それは、勝利の証ではなかった。


 イワレビコが神を一柱殺したことで、世界は「供物を出す安定」を失い、「全滅か、反逆か」という極端な二択へと叩き落とされたのだ。


「……勝手にしろ」


 イワレビコは冷たく言い放ち、背を向けた。


「俺は、お前たちを守るとは約束せん。……ただ、神を殺す。その道中に、お前たちの死体が積み上がるだけだ」


「それでも構いません! 死を待つだけの羊でいるより、狼の影で死ぬことを選びます!」


 背後で上がる、絶望と狂気が混ざった歓声。


 イワレビコは、フツノミタマの柄を強く握りしめた。


 剣が、低く笑うような振動を伝えてくる。


 


 イワレビコは、一人の復讐者から、数多の「絶望」を背負わされた標的へと変わった。


 


 その頃、遥か高天原たかまがはらの最奥。


 アメノカグヤマの戦死を告げる鐘の音が、静かに、しかし重厚に響き渡っていた。


 整列する数万の神兵の前に、一人の大男が歩み出る。


 


 その男が歩くたびに、大気は静電気を帯び、空間そのものが火花を散らす。


 神軍将軍、タケミカヅチ。


「……虫が一匹、火をつけたか」


 タケミカヅチは、地上を覆う雲海を見下ろし、退屈そうに呟いた。


 その手に握られた、雷光を纏う神剣が、不吉な閃光を放つ。


「清めではない。……根絶やしにせよ」


 空のひび割れが、再び、より深く、より広大に走り始めた。


 「神殺しの誕生」という噂は、甘美な希望ではなく、真の終末を呼び寄せる呼び水に過ぎなかったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ