第10話
アメノカグヤマの光剣が、イワレビコの右腹を深く抉った。
だが、イワレビコは止まらない。
抉られた傷口から流れるのは、もはや鮮血ではなく、泥のように濁った黒い怨念だった。
「狂っている……! なぜ、これほどの苦痛に耐え、己を壊してまで、あり得ぬ反逆に身を投じる!」
カグヤマの絶叫。
その高潔だった神の顔は、初めて「死」への恐怖で醜く歪んでいた。
「……痛いか、神。……怖いか、神」
イワレビコは血の泡を吐きながら、黒い左腕でカグヤマの首を掴んだ。
フツノミタマが、彼の血管と溶け合い、一つに繋がる。
この瞬間、イワレビコは理解した。なぜ、不帰の森の奥で、数多の英雄が手にできなかったこの剣が、自分にだけは抜けたのか。
「俺が……誰よりも深く、貴様らを憎んだからだ。……道理を殺すと、あの日、俺が選んだからだ!」
イワレビコの背後に、幻視が見える。
タカクラジ、ナガハ、そしてマカツで焼かれた数多の民たちの、無念の影。
それらすべての重みが、漆黒の刃に乗る。
「喰らえ」
フツノミタマが一閃。
それは剣の一撃というより、世界の闇そのものが神を飲み込む咆哮だった。
――断。
カグヤマの六つの翼が、光を失って霧散する。
純白の首が宙を舞い、黄金色の血が雨となって、マカツの灰の上に降り注いだ。
空を覆っていた戦船が、核を失い、断末魔のような音を立てて崩壊し始める。
神軍が、敗北した。
人間一人の執念が、天の理を打ち破った瞬間だった。




