55話 仕掛け
夜は、まだ続いていた。
だが、空気は変わっている。
「で、どう釣るんだ?」
カイルが腕を組む。
「向こうは見てるんだろ」
「なら、餌がいる」
ガイアが言う。
ユウは頷いた。
「ああ」
「結界に“隙”を作る」
「は?」
カイルが眉をひそめる。
「おい、それ正気か?」
「完全に崩すわけじゃない」
ユウは淡々と続ける。
「弱い場所を一つだけ作る」
レナが目を細める。
「……さっきの動き」
「ああ」
ユウが頷く。
「弱点を探してた」
「なら、そこを“用意する”」
ティアナが小さく息を吐く。
「誘導、ね」
「そうだ」
ガイアが腕を組む。
「入ってきたところを叩く」
「シンプルだな」
カイルが笑う。
「嫌いじゃねえ」
「リスクはある」
ユウが言う。
「だから場所は限定する」
「一点だけ」
エリシアが頷く。
「配置を変えるわ」
「囮には誰も立たせない」
「遠距離主体で削る形ね」
「頼む」
ミーナが不安そうに見る。
「……大丈夫?」
「入ってきた瞬間で終わる」
ユウは短く答えた。
その声に迷いはない。
ティアナが横目で見る。
「……“見せない範囲で”やりなさいよ」
「分かってる」
短い返事。
それで十分だった。
結界の一角。
人目のない場所。
ユウが一人、立っていた。
(……ここでいい)
中心から少し外れた位置。
「リリィ」
『了解、微調整ね』
「やりすぎるなよ」
『分かってるって』
意識を集中する。
ほんのわずか。
ほんの一点。
強度の“ムラ”を作る。
見た目は変わらない。
だが、確実に弱い。
「……これでいい」
足音。
ティアナが来た。
「終わった?」
「ああ」
「見た感じは普通ね」
「それでいい」
ティアナが小さく頷く。
「……最初から不安定だった、ってことにする」
「助かる」
「後で説明合わせるわよ」
「任せる」
森を見る。
「……来る」
ティアナも視線を向けた。
拠点内。
配置が整う。
ガイアが前に出る。
「いいか」
「入れたら終わりじゃねえ」
「入った瞬間が勝負だ」
「遅れるなよ」
「おう」
カイルが笑う。
レナは無言で頷く。
ミーナが拳を握る。
ダンが息を吐く。
その時。
森が揺れた。
「……来たぞ」
影が現れる。
今度は速い。
「数も多い!」
レナが叫ぶ。
だが動きは一直線。
迷いがない。
「……やっぱりな」
ガイアが低く言う。
魔物たちは真っ直ぐに向かう。
一点へ。
「そこかよ……」
カイルが笑う。
「分かりやすすぎるだろ」
結界に衝突。
ドンッ!!
狙った場所。
ミシッ――
ひびが入る。
「来るぞ!」
二撃目。
ドォンッ!!
ヒビが広がる。
「今だ!」
ガイアが叫ぶ。
三撃目――
その瞬間。
ひびが広がる、はずだった。
だが。
「……あれ?」
ダンが声を漏らす。
割れない。
「止まってる……?」
結界が、踏みとどまる。
「最初から不安定だったんじゃないのか?」
カイルが言う。
「いや……」
レナが目を細める。
「逆に固い」
ティアナが静かに言った。
「波があるのよ」
全員の視線が集まる。
「結界って、均一じゃない」
「強い場所と弱い場所がある」
「たまたまそこに当たっただけ」
自然な説明。
誰も否定しない。
「……運がいいな」
ガイアが呟く。
「今のうちだ!!」
号令。
魔物が押し込もうとした瞬間。
内側へ踏み込んだ数体。
そのタイミングで――
「叩け!!」
一斉に動く。
カイルが斬り込み、レナが仕留め、ミーナが裂く。
ダンが支援し、動きを止める。
逃げ場はない。
一方的に削られていく。
「押し返してるぞ!」
カイルが笑う。
だが――
ユウは前を見ていた。
結界の外。
“それ”。
一歩、引いている。
「……来ねえな」
ガイアが低く言う。
「様子見だな」
レナが答える。
“それ”は動かない。
ただ、見ている。
「……気持ち悪いな」
カイルが吐き捨てる。
しばらくして。
魔物たちが崩れる。
数が減る。
そして――
“それ”が、ゆっくりと後退した。
「また引くのかよ……」
カイルが舌打ちする。
誰も追わない。
追えない。
静寂が戻る。
ガイアが剣を下ろす。
「……終わり、か」
「いいや」
レナが首を振る。
「終わってない」
ユウも森を見ていた。
(……警戒された)
一度で仕留めるつもりだった。
だが。
学習している。
「……次は来るぞ」
ガイアが言う。
「ああ」
ユウは短く答えた。
「今度は、確実に」
小さく呟く。
「終わらせる」




