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54話 境界

静寂。


誰も、すぐには動かなかった。


「……なんだったんだ、今の」


カイルが吐き出す。


「戦ってねえぞ、あれ」


「ええ」


レナが頷く。


「試してた」


「……こっちを、な」


ガイアが低く言う。


否定は出ない。



“勝ちに来ていない”



それが、全員の中に残っていた。



「被害確認」


エリシアが声を出す。


「負傷者、前に」


空気が動き出す。


ミーナが駆ける。


「大丈夫!?血出てる!」


「かすり傷だ、問題ねえ」


ダンが笑う。


だが、その目は森から外れない。


「……また来るな」


カイルが言う。


「ああ」


ガイアが頷く。


「しかも、次は“やり方”を変えてくる」


「……面倒すぎるだろ」



ティアナが森を見たまま言う。



「時間の問題ね」



短い一言。


だが重い。


「何がだよ」


カイルが聞く。


「突破されるのが」


空気が凍る。



ユウは黙って聞いていた。



(……このまま受け続けるのは悪手)


確実に、詰む。


時間をかけるほど不利になる。


(……なら)


思考を切り替える。


その時。


『ねえ、ユウ』


頭の中に、軽い声。


「リリィか」


『うん』


いつも通りの調子。


だが――


少しだけ、真面目だった。


『今の、見たでしょ?』


「ああ」


『あれねー』


一拍。


『普通じゃないよ』



ユウの意識が、そちらに向く。



「……だろうな」


『うん。普通の“歪み”って、あそこまでならない』


軽い口調のまま。


だが、内容は重い。


『せいぜい、暴れるくらい』


「……じゃあ、なんでだ」


少しの沈黙。


それから。


『前の持ち主』


短い答え。



「……前任者か」



『うん』


リリィはあっさり言う。


『あの人、やりすぎたから』


軽い。


軽いが――意味は重い。


『“最初からあったことにする”とか、やりまくったし』


『世界、結構ひずんでるんだよねー』


冗談みたいに言う。


だが。


ユウは笑わない。



(……積み重なりか)



一度じゃない。


何度も。


その結果が、今。


『だからさ』


リリィが続ける。


『今回みたいに“育つ”のはレアだよ』


「……例外か」


『例外』


即答だった。



ユウは森を見る。



「……これ、潰せば終わるか?」


『終わる終わる』


あっさりと。


『少なくとも、この森はね』


一拍。


そして――


『ユウが無茶しなければ』



その一言だけ、少し重かった。



ユウは小さく息を吐く。


「……しない」


『ほんとに?』


「必要以上はやらない」


『なら大丈夫』


いつもの調子に戻る。


『ちゃんと“普通”に戻るよ』



“普通”



その言葉が、妙に引っかかった。


だが。


今はそれでいい。



「ユウ」


アリアが声をかける。


「考え込んでる顔してる」


「……少しな」


「どうするの?」


短い問い。


ユウは視線を森から外さない。


「このままはまずい」


「だよね」


「向こうが見てくるなら」


一拍。


「見せる場所を選ぶ」


アリアの目が細くなる。


「……誘うの?」


「そうだ」



受ける側じゃない。



「こっちで、場を作る」


その言葉に。


ガイアが反応した。


「……作戦があるってことか」


「簡単なものだ」


ユウは言う。


「一回でいい」


「釣って、潰す」



空気が変わる。



カイルが笑った。


「やっと攻める気になったか」


「守るためだ」


ユウは淡々と返す。


「長引かせないために」


レナが頷く。


「合理的ね」


ティアナは少しだけ目を細めた。


「……見せ方、気をつけなさいよ」


「分かってる」


短い返事。


それで十分だった。



ユウは森を見た。



(……次で終わらせる)



夜は、まだ終わらない。

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