52話 前触れ
夕方。
村の空気は、どこか慌ただしかった。
「柵、もう一段外に出すぞ!」
「杭足りない、持ってきてくれ!」
「水場の動線、塞がないで!」
声が飛び交う。
昨日の襲撃が、確実に全員の意識を変えていた。
「……一気に動いたな」
ユウが呟く。
「当然よ」
アリアが腕を組む。
「一度崩れた防衛は、もう信用できない」
「だから作り直す」
合理的だった。
「外周、少し広げるわ」
「余裕持たせるために」
「了解」
ユウは軽く頷く。
(やりすぎないように、調整だな)
見えない範囲で補助する。
それだけでいい。
⸻
その時だった。
「……あれ?」
ミーナが顔を上げる。
「どうした?」
「静か」
短い一言。
だが、それで十分だった。
「……確かに」
アリアも周囲を見る。
風はある。
人の声もある。
だが――
森だけが、不自然に静かだった。
「……嫌な静けさね」
ティアナが呟く。
その視線は森に固定されている。
「気配は?」
ユウが聞く。
「ある」
即答。
「でも――」
わずかに眉をひそめる。
「動いてない」
「……昨日と逆か」
アリアが低く言う。
昨日は“集まっていた”。
今日は――
「溜まってる」
ティアナが言い直す。
「動く前の状態」
その言葉に、空気が一段重くなる。
森の奥。
そこには、明確な“異常”があった。
動かない魔物たち。
じっと、同じ方向を向いている。
まるで、命令を待っているかのように。
その中心。
“それ”は、存在していた。
昨日よりも、さらに安定した形。
歪みは減り、
輪郭がはっきりしている。
そして――
ゆっくりと、動いた。
一歩。
それだけで、
周囲の空気が歪む。
魔物たちが反応する。
ざわめき。
だが、逃げない。
むしろ――
従うように、道を開ける。
“それ”は進む。
目的は一つ。
村。
「……来るわね」
ティアナが断言する。
今度は、はっきりと。
「どのくらいだ?」
ガイアが聞く。
「遠くない」
短く答える。
「でも、すぐじゃない」
「準備の時間はあるってことか」
「ええ」
その言葉で、全員が動く。
「配置、前倒しだ!」
ガイアが声を張る。
「戦えるやつは前線!」
「非戦闘員は内側へ!」
動きが速い。
もう、昨日とは違う。
村として機能している。
「ユウ」
アリアが呼ぶ。
「どうする?」
「……最低限、支える」
それだけ言う。
アリアは一瞬だけ見て、
「了解」
それ以上は聞かなかった。
⸻
夜。
準備は整っていた。
外周。
内周。
二重の防衛線。
火も焚かれ、視界も確保されている。
「……静かだな」
カイルが呟く。
「嵐の前、ってやつだろ」
ダンが答える。
レナは黙って森を見ている。
その横で、ティアナが小さく言う。
「来る」
その瞬間だった。
――ゾワッ
空気が変わる。
「……っ!」
全員が反応する。
気配。
数が違う。
質も違う。
「構えろ!」
ガイアの声が響く。
森が、揺れる。
影が動く。
だが――
昨日と違う。
「……止まった?」
カイルが眉をひそめる。
森の手前。
ギリギリの位置で、
魔物たちが止まっている。
「なんだ……?」
誰も動かない。
魔物も、人も。
その中で。
ゆっくりと――
“それ”が現れる。
「……出たな」
ガイアが低く言う。
異形。
だが、昨日とは違う。
「……形、安定してる」
ティアナが呟く。
明らかに“完成度”が上がっている。
異形は一歩、前に出る。
結界の手前まで。
そして――
止まる。
⸻
沈黙。
⸻
その“顔”が、こちらを向く。
目はない。
だが――
全員が理解する。
見られている。
観察されている。
「……なんだよ、あれ」
カイルの声がわずかに震える。
誰も答えない。
⸻
異形は、動かない。
攻撃もしない。
ただ、そこにいる。
⸻
「……試してる?」
ティアナが小さく言う。
「こっちを?」
アリアが眉をひそめる。
「……あり得る」
その時だった。
異形が、わずかに腕を動かす。
魔物たちが一斉に反応した。
だが――
突っ込んでこない。
その場で、止まる。
「……命令してる?」
ダンが呟く。
その仮説は、重かった。
⸻
異形は、ゆっくりと後退する。
それに合わせて、
魔物たちも引いていく。
⸻
森へ、消える。
⸻
静寂。
誰も動けなかった。
「……なんだ、今の」
カイルが絞り出す。
ティアナは、森を見たまま言う。
「確認された」
「……は?」
「私たちが、どういう存在か」
その言葉に、背筋が冷える。
ユウは小さく息を吐いた。
(……来るな)
次は、様子見じゃない。
確実に――
“潰しに来る”。




