51話 動き出す影
朝。
村は、昨日とは違う空気に包まれていた。
人が動いている。
目的を持って。
「柵の補強、こっちだ!」
「資材足りないぞ!」
「井戸の横、スペース空けて!」
声が飛び交う。
即席だった拠点は、もうない。
ここは――村だ。
「……すごいな」
ユウは思わず呟く。
一晩でここまで変わるとは思っていなかった。
「人が増えると、こうなるのよ」
アリアが隣で言う。
「良くも悪くもね」
「悪くも、か」
「統率しないと崩れる」
現実的な意見だった。
「だから――」
視線が前へ向く。
「ちゃんと形にする必要がある」
その通りだ。
今はまだ勢いで動いているだけ。
だが、それだけじゃ続かない。
「防衛線、どうする?」
ユウが聞く。
アリアは少し考え、
「二重にする」
と答えた。
「外周と内側」
「万が一侵入されても、止められるように」
「……昨日の件、か」
「ええ」
短く頷く。
「同じことは、もう起きる前提で考える」
現実的すぎる判断。
だが、間違っていない。
「了解」
ユウはそれ以上言わなかった。
(やることは決まってる)
見えないところで支える。
それだけだ。
森の奥。
静寂。
だが、それは“何もない”静けさではない。
「……増えてる」
ティアナが呟く。
その目は鋭い。
「何がだ?」
ガイアが低く聞く。
「気配よ」
短く答える。
「昨日より濃い」
「集まってるどころじゃない」
地面に触れる。
わずかな振動。
流れ。
「……流れてる」
「どこに?」
カイルが眉をひそめる。
ティアナは、ゆっくりと顔を上げた。
視線の先。
さらに奥。
「一点に」
その言葉に、全員が黙る。
嫌でも分かる。
そこに“何かがある”。
「行くか?」
ダンが聞く。
ガイアは即答しなかった。
数秒だけ考え――
「……まだだ」
と答えた。
「情報が足りねえ」
「無理に突っ込む相手じゃない」
「だろうな」
カイルも同意する。
「昨日のやつ、あれ普通じゃねえ」
レナも頷く。
「準備が必要」
意見は一致していた。
だが。
ティアナだけが、少し違う方向を見ていた。
(……何かがおかしい)
ただ強いだけじゃない。
“作られている”感覚。
「……戻るわ」
小さく言う。
「一度整理する必要がある」
ガイアが頷く。
「だな」
その判断は正しい。
だが――
遅かった。
その場所。
森の最奥。
光が届かない領域。
“それ”は、そこにいた。
歪んだ存在。
形が定まらない。
だが、確実にそこにある。
周囲の気配が、吸い寄せられていく。
溜まる。
混ざる。
歪む。
やがて――
一つの“形”を作る。
目はない。
だが、向く。
その方向は、ただ一つ。
人のいる場所。
村。
“それ”は、動き出した。
夕方。
村。
「……遅いな」
ユウが呟く。
森に入った連中が、まだ戻らない。
「想定内よ」
ティアナが隣で言う。
いつの間にか戻っていた。
「でも、良くはない」
「何かあったか?」
「確信はない」
少しだけ間を置く。
「でも――」
視線が森へ向く。
「時間の問題ね」
その言葉は、妙に重かった。
「何がだ?」
「来るわよ」
即答だった。
「また、あれが」
ユウは少しだけ目を細める。
(……早いな)
だが、不思議ではない。
むしろ当然だ。
「準備、間に合うか?」
「間に合わせるしかない」
ティアナは淡々と言う。
「ここは、もう“村”なんだから」
その言葉で、空気が締まる。
ユウは小さく息を吐いた。
「……だな」
守る場所がある。
守る理由がある。
なら、やることは一つだ。
「来るなら、迎え撃つ」
その声に、迷いはなかった。




