49話 侵入と選択
夜。
拠点は静まり返っていた。
だが、その静けさはどこか張り詰めている。
「……来るわね」
ティアナが小さく言った。
「まだ見えないぞ?」
森を睨むカイルに、彼女は首を振る。
「気配がまとまってる。昨日より、はっきりと」
その一言で、全員の空気が変わる。
ガイアが剣を握り直した。
「全員、警戒だ」
わずかな緊張の中――地面が低く揺れた。
ズン……ッ
「……来たぞ」
次の瞬間、森が激しく揺れる。
影が飛び出した。
一体、二体、十――
「数、多い!」
レナの声が鋭く響く。
「昨日の比じゃねえぞ!」
魔物たちは一直線に突っ込んできた。迷いがない。
柵へ、結界へ。
ドンッ、ドンッと鈍い音が連続する。
弾かれている。だが止まらない。
「押してる……?」
ダンの声がわずかに揺れる。
ミシ……と、結界が軋んだ。
「……昨日と違う」
ティアナが低く呟く。
その視線は結界の外側に固定されていた。
「数が多すぎる」
さらに重い振動が重なる。
魔物たちが左右に割れ、その奥から“あれ”が現れた。
「……あれか」
ガイアが息を吐く。
異形。
昨日よりも明らかに大きい。
「成長してる……?」
レナの呟きに、誰も否定できない。
異形はゆっくりと歩み寄り、柵の前で止まった。
そして拳を振り上げる。
「来るぞ!」
ドゴォンッ!!
衝撃が空気を震わせる。
結界が大きく歪んだ。
ミシッ――
「まずい!」
二撃目が叩き込まれる。
ドォンッ!!
乾いた音が響いた。
パキン、と。
小さく、それでいて決定的な音。
「……割れた」
一体の魔物が内側へ転がり込む。
「侵入だ!!」
ガイアが叫ぶ。
空気が一変した。
外で止める戦いじゃない。中を守る戦いに変わる。
「散開!中に入れるな!」
ガイアが飛び出し、剣が閃く。
ミーナも続いた。
「来ないで……!」
爪が魔物を裂く。
だが、割れた一点からさらに押し込まれる。
「まだ来る!」
カイルが舌打ちする。
「くそっ……!」
戦線が崩れかける。
その様子を見ながら、ユウは動かない。
(……間に合わない)
このままでは守りきれない。
拠点も、人も。
「ユウ」
隣にティアナが立つ。
「判断して」
短い一言。
もう隠すかどうかじゃない。使うかどうかだ。
「……どこまでやる」
「被害が出ないラインまで」
即答だった。
「それ以上は?」
「やりすぎ」
一切の迷いがない。
「隠すのはこっちでやる。だから――守りなさい」
その言葉で決まった。
ユウは目を閉じる。
(……最小限だ)
開く。
「リリィ」
『はいはい、やる?』
「一点だけ。割れた場所の補強」
『了解』
その瞬間、誰にも気付かれないまま現実が書き換わる。
広がりかけていた亀裂が、止まった。
さらに、押し込もうとしていた魔物たちが一斉に弾かれる。
「……止まった!?」
ダンが声を上げる。
「戻った……?」
結界は完全ではない。だが、崩れない。
「今だ!」
ガイアが叫ぶ。
「押し返すぞ!!」
戦線が一気に前へ出る。
侵入した魔物を処理し、外の群れを削る。
ミーナの爪が走り、カイルの剣が叩き、レナの一撃が確実に仕留めていく。
やがて、異形が動きを止めた。
「……引くぞ」
ガイアが低く言う。
追わない。
異形はゆっくりと後退し、それに合わせて魔物たちも森の闇へ消えていく。
⸻
静寂が戻った。
カイルがその場に座り込む。
「マジでやべえな、これ……」
「被害は?」
エリシアが確認する。
「軽傷だけ。死者なし」
「……上出来ね」
ティアナが振り返る。
ユウを見る。
「……ギリギリね」
「だな」
短い会話。それで十分だった。
ユウは森の奥を見据える。
(……来るな)
終わっていない。
むしろ、始まったばかりだ。
⸻
人が増えた拠点。
守るものがある場所。
その中心で、ユウは小さく呟いた。
「……守るか」
誰にも聞こえない。
だが確かに、それは覚悟だった。




