38話 見えない壁
夜。
森は、ざわついていた。
風はない。
それでも、木々がわずかに揺れる。
――気配だ。
「……来るな」
ガイアが低く言う。
拠点の外。
柵の向こう側。
暗闇の奥から、
じわじわと何かが近づいてくる。
「数、多いぞ」
レナが短く告げる。
「昼の群れとは別か?」
カイルが舌打ちする。
「いや、分からん」
ガイアは首を振る。
「だが――普通じゃないのは確かだ」
⸻
ティアナは一歩、前に出る。
柵の内側。
安全圏。
その境界線のすぐそば。
(……感じる)
外側の“濁り”。
内側の“静寂”。
その差が、はっきりと分かる。
「……来るわよ」
小さく言う。
次の瞬間。
⸻
ガサガサッ!!
茂みが大きく揺れる。
影が飛び出す。
一体。
二体。
三体――
「来たぞ!」
ガイアが叫ぶ。
剣を構える。
だが。
魔物たちは、
そのまま一直線に――
柵へ突っ込んだ。
⸻
ドンッ!!
鈍い音。
だが。
「……は?」
カイルが声を漏らす。
弾かれている。
確かに当たっている。
なのに。
柵の“手前”で止まっている。
⸻
ドンッ! ドンッ!!
次々とぶつかる。
だが、入ってこない。
まるで、
“見えない壁”に阻まれているみたいに。
⸻
「……これ」
レナが息を呑む。
「やっぱり、結界……?」
「……だろうな」
ガイアも目を細める。
だが。
ティアナは――
違うものを見ていた。
⸻
(見える)
正確には、
“感じる”。
空気の層。
柵の外側、
ほんのわずかな位置にある、
透明な“境界”。
魔物たちは、
そこにぶつかっている。
「……ある」
確信。
⸻
「数が増えてるぞ!」
ダンの声。
次々と現れる魔物。
十。
二十。
それ以上。
異常な密度。
「……なんだよこれ」
カイルの声が引きつる。
「昼より多くねえか?」
「集まってきてる……?」
レナが分析する。
「ここに?」
ありえない。
だが現実。
⸻
そして――
空気が変わる。
一段、重くなる。
「……っ!」
ティアナが息を呑む。
来る。
昼に感じたものと同じ。
いや、それ以上。
⸻
ズン……ッ
地面が揺れる。
魔物たちがざわめく。
そして――
道が開くように、
群れが左右に分かれる。
「……またかよ」
カイルがかすれる声で言う。
その奥から現れたのは――
あの個体。
目のない、異形。
だが。
「……でかくなってない?」
レナがつぶやく。
昼よりも、明らかに圧が強い。
存在感が違う。
「……最悪ね」
ティアナが低く言う。
⸻
異形は、
ゆっくりと前に出る。
柵の前まで。
そして――
止まる。
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沈黙。
魔物たちも動かない。
まるで、
“様子を見ている”。
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その“顔”が、
こちらを向く。
目はない。
だが――
分かる。
見られている。
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一歩。
踏み出す。
柵へ向かって。
「……来るぞ」
ガイアが構える。
だが。
⸻
ドンッ――!!
衝突。
だがやはり、
内側には入れない。
⸻
「……止まった」
ダンがつぶやく。
だが。
次の瞬間。
⸻
ミシッ……
小さな音。
「……え?」
ティアナの視線が動く。
境界。
見えない“それ”に、
わずかな歪み。
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ミシ、ミシ……
「……嘘でしょ」
理解する。
押されている。
破られかけている。
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「おい……」
カイルの声が震える。
「これ、ヤバくねえか?」
誰も否定できない。
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そのとき。
――スッ
何かが動いた。
一瞬。
ほんの一瞬。
空気が“整う”。
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ピタリ、と。
異形の動きが止まる。
境界の歪みが消える。
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静寂。
⸻
「……は?」
カイルが間の抜けた声を出す。
さっきまでの圧が、
嘘みたいに消えている。
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異形は、
しばらくその場に留まり――
やがて、
ゆっくりと後退した。
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それを合図にしたように。
他の魔物たちも、
散り始める。
一体、また一体と、
森の闇へ消えていく。
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数分後。
そこにはもう、
何もいなかった。
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静寂。
本来の夜。
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「……なんだったんだ、今の」
カイルが呆然とつぶやく。
誰も答えない。
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ティアナは、
ただ一人。
動かなかった。
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(今の……)
はっきりと“見た”。
感じた。
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境界が歪んだ瞬間。
そして――
“修復された”瞬間。
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ゆっくりと、振り向く。
視線の先。
そこにいるのは――
ユウ。
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何もしていない顔。
いつも通りの表情。
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だが。
(違う)
確信する。
⸻
(あの人だ)
⸻
証拠はない。
だが。
もう十分だった。
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ティアナは、静かに目を細める。
「……なるほどね」
小さく、つぶやく。
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夜の拠点。
守られた場所。
その中心にいる存在。
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“普通ではないもの”が、
そこにいる。
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そして――
それを知る者が、
また一人。
増えようとしていた。
(続く)




