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37話 境界の内側

夕方。


拠点は、いつも通りの穏やかさを取り戻していた。


――少なくとも、表面上は。


冒険者たちは装備の点検や休息に入っている。


エリシアは夕食の準備。


ミーナはその手伝い。


アリアは外で見張り。


ユウは――


「……ちょっと、周り見てくる」


軽くそう言って、拠点の外周へ向かった。


誰も止めない。


日常の一部になりつつある行動。



その様子を、


ティアナは静かに見ていた。


(……今)


小さく息を吐く。


足を動かす。


誰にも気づかれないように、


自然な動きで。


拠点の中を歩き始めた。



まずは井戸。


桶を下ろし、水を汲む。


――澄んでいる。


濁りがない。


匂いも、癖もない。


「……安定しすぎてる」


小さくつぶやく。


普通、水には“揺らぎ”がある。


季節、天候、土地。


それらで微妙に変わる。


だが、ここは違う。


まるで――


“調整されている”みたいに。



次に、畑。


しゃがみ込み、土を触る。


指で崩す。


「……やっぱり」


昨日と同じ結論。


いや、それ以上。


「均一すぎる」


栄養の偏りがない。


場所による差もない。


こんな土は――


「自然じゃない」


断言できる。



立ち上がる。


視線を巡らせる。


家。


畑。


井戸。


温泉。


すべてが、


“ちょうどいい”。


「……揃いすぎてるのよ」


ぽつりと。


独り言。



そして――


柵へ向かう。


ゆっくりと歩く。


外と内を隔てる境界。


手を伸ばす。


触れる。


何もない。


だが――


「……あるわね」


感じる。


目に見えない“膜”。


微かな抵抗。


昼の戦闘で見たもの。


あの一瞬の“弾き”。


(間違いない)


(これが原因の一つ)



そのまま、柵の外へ一歩踏み出す。


――重い。


空気が変わる。


さっきまでの軽さが消える。


もう一歩、内へ戻る。


――軽い。


「……明確すぎる」


ここまで違えば、


偶然では済まない。



「……じゃあ」


小さく息を吐く。


視線が、拠点の中心へ向く。


(誰がこれを作ったのか)


答えは、ほぼ出ている。


だが。


「証拠がない」


確信には、あと一歩足りない。



そのとき。


「何してるの?」


声。


振り返る。


アリアがいた。


腕を組み、こちらを見ている。


「見張りじゃなかったのか?」


ティアナは軽く返す。


「してるわよ」


少し顎で示す。


「ついでに、ね」


視線が柵へ向く。


「……調べてたの?」


「ええ」


隠す気はない。


アリアは少しだけ目を細める。


「で?」


短い問い。



ティアナは少しだけ考えて、


そして答える。


「この場所、異常よ」


はっきりと。


「知ってる」


アリアは即答した。



一瞬の沈黙。


「……どこまで?」


ティアナの問い。


核心に近い。


アリアは視線を外さない。


「さあ」


あえて濁す。


だが。


完全には隠さない。



ティアナは、その反応を見る。


(やっぱり)


確信が、一段深くなる。


「……あの人ね」


ぽつりと。


名前は出さない。


だが、分かる。



アリアは否定しない。


肯定もしない。


ただ――


「踏み込みすぎない方がいいわよ」


静かに言う。


警告。



「どうして?」


ティアナの問い。


アリアは少しだけ間を置いてから答える。


「壊れるから」


短い言葉。


だが重い。


「何が?」


「全部」


即答だった。



ティアナは、少しだけ息を呑む。


(そこまで?)


冗談には聞こえない。



「……でも」


ティアナは言う。


「もう止まらないわよ」


視線を拠点に向ける。


「ここまで分かりやすければ、いずれ誰かが気づく」


ギルド。


他の冒険者。


外の人間。


「時間の問題ね」



アリアは小さく息を吐く。


「分かってる」


短く返す。


「だからこそ」


視線が鋭くなる。


「今はまだ、静かにしてなさい」



「……協力しろってこと?」


ティアナの問い。


アリアは一瞬だけ考えて、


そして言う。


「邪魔しないなら、それでいい」


曖昧な答え。


だが――


拒絶ではない。



ティアナは、少しだけ笑う。


「ずいぶん甘いのね」


「そう?」


「ええ」


肩をすくめる。


「普通なら、もっと強く止めるわ」



アリアは静かに返す。


「普通じゃないのよ」


その一言。


すべてを含んでいた。



沈黙。


風が吹く。



ティアナは最後にもう一度、


拠点を見渡した。


(……間違いない)


「自然じゃない」


「偶然でもない」


「そして――」


心の中で、結論が形になる。


(原因は、一人)


まだ言わない。


まだ踏み込まない。


だが。


「……面白いわね」


小さくつぶやく。


その目は、


完全に“観察者”のそれだった。



夕暮れの拠点。


静かな空気。


その中で。


一人の理解者が――


“ほぼ真実”にたどり着いていた。

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