36話 歪みの中心
拠点の中。
全員が集まっていた。
さっきまでの余韻が、まだ残っている。
誰も軽口を叩かない。
「……で」
ガイアが口を開く。
「見たままを整理するぞ」
低く、重い声。
「まず、魔物の群れ」
レナが引き取る。
「異常な数が、一箇所に集まっていた」
「縄張りの概念が崩れてる」
ダンも続ける。
「動きも妙だった」
「統率されてるみたいに」
カイルが顔をしかめる。
「命令されてるってか?」
「可能性はある」
レナは否定しない。
⸻
「そして――あれ」
ガイアの言葉。
空気が一段、重くなる。
誰も名前をつけられない存在。
「……見たことがない」
レナが静かに言う。
「新種、というよりは……」
「別物ね」
ティアナが言葉を継ぐ。
「既存の魔物とは構造が違う」
「あれは“変異”か、それ以上」
誰も反論しない。
⸻
「……原因は?」
カイルが問う。
「分からん」
ガイアは即答する。
「だが」
少し間を置く。
「自然じゃない」
その一言で、場の認識が揃う。
⸻
沈黙。
誰もが考えている。
そして。
「もう一つ」
ティアナが口を開く。
視線が集まる。
「さっきの戦闘」
「……ああ」
ガイアも思い出す。
「ダンがやられかけた時だな」
「ええ」
ティアナはゆっくりとうなずく。
「一瞬、動きが止まった」
「……気のせいじゃねえのか?」
カイルが言う。
だが。
「いいえ」
即否定。
「明確に“弾かれた”」
言い切る。
レナも小さくうなずく。
「私も見た」
「何かが、介入した」
空気がさらに重くなる。
⸻
「……この拠点か?」
ダンがぽつりとつぶやく。
誰もすぐには答えない。
だが。
「可能性は高い」
ティアナが言う。
「外と内で、明らかに環境が違う」
「結界のようなものがあると考えるのが自然」
結界。
その言葉に、全員が無意識に柵を見る。
⸻
「……そんなもん、自然にできるのか?」
カイルの疑問。
もっともだ。
「普通はありえない」
ティアナはあっさり言う。
「だからこそ、おかしい」
⸻
そして。
一瞬の沈黙のあと。
ティアナの視線が――
ゆっくりと動く。
ユウへ。
「……ねえ」
静かな声。
「あなたは、どう思う?」
⸻
空気が張り詰める。
全員の視線が集まる。
逃げ場はない。
「……」
ユウは、一瞬だけ目を閉じる。
(どうする)
誤魔化すか。
流すか。
それとも。
(まだだ)
結論は出ている。
今は、まだ。
「……分からない」
口にしたのは、曖昧な答え。
「でも」
少しだけ続ける。
「普通じゃないのは確かだな」
それだけ。
それ以上は言わない。
⸻
ティアナは、しばらくユウを見ていた。
その表情。
声。
間。
すべてを観察するように。
(……やっぱり)
確信には至らない。
だが。
もう、疑いではない。
(この人、何か知ってる)
静かに、結論づける。
⸻
「……ひとまず」
ガイアが話を戻す。
「この件はギルドに報告する」
「俺たちだけでどうにかできる話じゃない」
「妥当ね」
レナも同意する。
「ただし」
少しだけ声を落とす。
「この拠点のことは……どうする?」
重要な問題。
安全すぎる場所。
異常な環境。
「……全部は話さねえ方がいいな」
カイルが言う。
「面倒なことになる」
「同意だ」
ガイアも頷く。
「最低限の情報に留める」
⸻
そのやり取りを聞きながら。
ユウは考えていた。
(……ギルドか)
外の世界。
権力。
調査。
もし、この場所が知られたら。
(確実に面倒になるな)
いや――
それだけじゃない。
(奪われる可能性もある)
拠点。
仲間。
この生活。
全部。
「……」
無意識に拳を握る。
⸻
そして、もう一つ。
頭から離れないものがある。
(……俺のせいか?)
畑を広げた。
水を安定させた。
結界を張った。
便利にした。
安全にした。
その結果。
外側で何かが歪んでいるとしたら。
(……)
答えは出ない。
だが。
否定もできない。
⸻
「ユウ」
アリアの声。
顔を上げる。
「少し、いい?」
「……ああ」
短く答える。
⸻
二人は少し離れる。
他の連中から距離を取る。
「さっきの、見たでしょ」
アリアが言う。
「ああ」
「どう思う?」
核心を突く問い。
ユウは少しだけ考えて――
「……分からない」
正直な答え。
だが。
「でも」
続ける。
「無関係とは思えない」
アリアは、じっとユウを見る。
「そう」
短く返す。
否定しない。
⸻
「ねえ」
少しだけ声を落とす。
「最悪の場合」
「この森、壊れるかもしれないわよ」
静かな言葉。
だが重い。
「……」
ユウは何も言えない。
⸻
「それでもやるの?」
問う。
責めているわけではない。
確認だ。
ユウは、ゆっくりと息を吐く。
そして。
「……やめる気はない」
はっきりと言う。
迷いはない。
「ここは守る」
短い言葉。
だが、芯がある。
⸻
アリアは、少しだけ目を細める。
「そう」
それだけ言って。
小さく息を吐く。
「なら」
一歩、近づく。
「ちゃんと最後までやりなさい」
釘を刺す。
「中途半端が一番危ない」
「……分かってる」
ユウも頷く。
⸻
しばらく沈黙。
風が通り抜ける。
「……ほんと」
アリアが小さくつぶやく。
「厄介なことしてくれるわね」
「自覚はある」
苦笑する。
「あるならいいわ」
少しだけ口元が緩む。
⸻
拠点。
安全な場所。
だが。
その中心で。
確実に、何かが歪み始めていた。




