35話 遭遇
昼過ぎ。
拠点の外。
「……もう一度、確認しておくか」
ガイアが言う。
昨日の報告。
そして、今朝の違和感。
放置するには危険すぎる。
「軽くだけな」
レナが補足する。
「深入りはしない」
全員がうなずく。
ダンも傷は浅く、動ける状態だった。
「無理はするなよ」
カイルが軽く言う。
「分かってる」
短く返す。
⸻
森へ入る。
一歩踏み込んだ瞬間。
やはり――空気が違う。
「……やっぱ重いな」
カイルが顔をしかめる。
「昨日より濃いかも」
レナも同意する。
ティアナは何も言わず、
ただ周囲を観察していた。
木々。
地面。
気配。
すべてを拾うように。
(……流れてる)
微かな違和感。
気配が“流れている”。
一定方向へ。
⸻
「……あっちだな」
ガイアが顎で示す。
全員の感覚が一致していた。
魔物の気配。
その“流れの先”。
「行くのか?」
カイルが聞く。
「様子だけだ」
ガイアは短く答える。
「危険なら即引く」
⸻
進む。
進むほど、
気配が濃くなる。
「……いるな」
レナが低く言う。
「しかも、かなりの数」
ダンが息を整える。
「固まってるのか……?」
普通ではありえない。
魔物は基本、縄張りを持つ。
それなのに。
「……異常ね」
ティアナが小さくつぶやく。
⸻
そして。
開けた場所に出た。
「――っ」
思わず、息をのむ。
そこにいたのは――
魔物の群れ。
十や二十じゃない。
もっとだ。
しかも。
「……なんだよ、これ」
カイルの声がかすれる。
全てが同じ方向を向いている。
森の奥。
まるで。
“何かを待っている”みたいに。
⸻
「……引くぞ」
ガイアが即断する。
「これは報告案件だ」
誰も異論はない。
だが――
その瞬間。
「――来る!」
ティアナの声。
直後。
空気が、震えた。
⸻
ズン……ッ
重い音。
地面がわずかに揺れる。
群れの奥。
木々の間から――
それは現れた。
「……は?」
誰かの声。
理解が追いつかない。
巨体。
明らかに他の魔物とは違う存在。
黒い外皮。
異様な圧。
そして――
「……目、ない?」
レナがつぶやく。
顔のあるはずの位置。
そこには何もない。
ただ、裂けたような口だけがあった。
⸻
「……下がれ」
ガイアの声が低くなる。
本能が告げている。
“これは無理だ”と。
「全員、静かに後退――」
その言葉の途中。
ぐにゃり、と。
その魔物の“頭部”が動いた。
目はないはずなのに。
こちらを――
“捉えた”。
「――っ、バレた!」
カイルが叫ぶ。
次の瞬間。
ドンッ!!
地面が爆ぜる。
巨体が、一瞬で距離を詰める。
「速っ――!」
ありえない速度。
「散開!」
ガイアが叫ぶ。
全員が反応する。
だが。
「ぐっ!」
ダンが弾き飛ばされる。
「ダン!」
レナが駆ける。
間に合わない。
――その時。
ガンッ!!
見えない何かが、魔物の動きを弾いた。
ほんの一瞬。
だが確かに止まる。
「……は?」
カイルが目を見開く。
その隙。
「今だ、引くぞ!」
ガイアが怒鳴る。
全員が一斉に離脱する。
深追いはしてこない。
だが。
背後から感じる圧は消えない。
⸻
必死に走る。
誰も振り返らない。
振り返れない。
やがて――
柵が見える。
「……っ、あと少し!」
カイルが叫ぶ。
その瞬間。
空気が、変わる。
軽くなる。
さっきまでの圧が、嘘のように消える。
「入れ!」
全員が柵を越える。
⸻
静寂。
「……はあ……っ」
息を切らす。
誰も、すぐには動けない。
「……なんだよ、あれ」
カイルの声が震える。
「見たことねえぞ……」
ガイアも答えない。
答えられない。
レナはダンを確認する。
「生きてる?」
「……なんとか」
かすれた声。
だが無事だ。
⸻
ティアナは――
振り返っていた。
柵の外。
さっきまでいた森。
そして。
(今の……)
確かに見た。
魔物の動きが止まった瞬間。
何かに“弾かれた”。
(あれは……)
視線が、ゆっくりと拠点へ向く。
そして。
ユウへ。
⸻
ユウは、立っていた。
何もしていない顔で。
だが。
ティアナの目は、見逃さない。
(……今のは)
(偶然じゃない)
確信が、一段深くなる。
⸻
拠点の中。
安全なはずの場所。
だが。
その空気は――
もう、昨日までとは違っていた。




