34話 整いすぎた土地
昼。
拠点の中は、穏やかだった。
――少なくとも、表面上は。
「……よし」
ユウは畑を見渡す。
新しく広げた区画。
土は柔らかく、水は十分。
成長も早い。
「順調すぎるな……」
思わず小さくつぶやく。
リリィがふわりと現れる。
「いいことじゃん」
軽い声。
「いっぱい育てば、みんな助かるよ?」
「まあな」
否定はしない。
だが――
「……やりすぎてないか?」
ぽつりと。
リリィは首をかしげる。
「何が?」
「全部だよ」
畑。
井戸。
温泉。
結界。
「普通じゃないだろ」
「普通じゃないのは最初からでしょ?」
あっさりと言う。
「ユウはそういう存在なんだから」
――そういう存在。
その言葉に、少しだけ引っかかる。
「……それで済ませていいのか」
「いいよ?」
即答だった。
「だって、困ってる人助けてるんでしょ?」
リリィはくるりと回る。
「それに」
少しだけ意味深に笑う。
「まだ全然“足りてない”し」
「……何がだよ」
「んー、内緒」
軽くはぐらかす。
いつもの調子。
だが。
ほんの少しだけ――
不穏な響きが残る。
⸻
「ユウ」
声をかけられる。
振り返ると、ティアナがいた。
「少し、いいかしら」
「……ああ」
短く答える。
⸻
場所を少し移す。
畑の端。
他の連中から少し離れた位置。
「この土」
ティアナはしゃがみ込み、指で触れる。
「……質が良すぎる」
「そうか?」
とぼける。
だが。
「ええ」
即答だった。
「栄養のバランス、水分量、柔らかさ」
「全部が“理想値”に近い」
顔を上げる。
まっすぐにこちらを見る。
「こんな土地、自然にはほぼ存在しない」
言い切る。
「……運が良かったんだろ」
苦しい言い訳。
自分でも分かっている。
ティアナはしばらく黙る。
その沈黙が、逆に重い。
「……そう」
一応、引く。
だが。
完全には引いていない。
⸻
「井戸もそう」
立ち上がる。
「水質が安定しすぎている」
「温泉も」
「成分の偏りがない」
一つ一つ、積み上げるように。
「そして」
視線が、柵へ向く。
「あの結界」
「外と内で、空気が違いすぎる」
昨日の体験。
調査帰りのあの感覚。
「……ねえ、ユウ」
一歩、近づく。
「本当に“偶然”だと思う?」
⸻
沈黙。
ユウは答えない。
答えられない。
その様子を見て。
ティアナの中で、何かが固まる。
(やっぱり――)
(この人、何か知ってる)
確信まではいかない。
だが。
もう、“違和感”ではない。
「……そう」
それ以上は踏み込まない。
今は、まだ。
⸻
「ねえ、ティアナさん」
ミーナの声。
空気が少し緩む。
「お昼、できました」
「あら、もうそんな時間」
いつもの調子に戻る。
「ありがとう」
ミーナはにこっと笑う。
「今日はパンですよ」
「小麦もできたんですね」
エリシアが少し驚いたように言う。
「うん、ユウが……」
そこで、言葉が止まる。
「あ、えっと……」
一瞬の詰まり。
ティアナの視線が動く。
見逃さない。
「……ユウが?」
やわらかい声。
だが、逃がさない響き。
ミーナは一瞬迷って――
「……がんばってくれました」
言い直す。
少し不自然な間。
ティアナは微笑む。
「そう」
それ以上は追わない。
だが。
(今の反応……)
確実に“何かある”。
⸻
昼食。
パンとスープ。
簡素だが、十分すぎる内容。
「うめえな」
カイルが頬張る。
「森の中とは思えねえ」
「ほんとそれ」
レナもうなずく。
ダンもほっとした顔をしている。
「助かる」
ガイアは静かに言う。
「この拠点がなければ、昨日は危なかった」
事実だった。
誰も否定しない。
⸻
その会話を聞きながら。
ティアナは静かに考えていた。
(安全すぎる)
(整いすぎている)
(そして――)
視線を、ユウに向ける。
(中心にいるのは、この人)
点と点が、繋がり始める。
まだ線にはならない。
だが。
確実に近づいている。
⸻
一方で。
ユウは気づいていた。
ティアナの視線。
そして、自分の状況。
(……時間の問題だな)
隠しきれない。
いずれはバレる。
「……」
パンを口に運びながら、
ぼんやりと考える。
(どうする)
答えは、まだ出ない。
⸻
穏やかな昼。
笑い声もある。
だがその裏で。
確実に。
“真実”へと近づいていた。




