32話 共有される秘密
夜。
拠点の空気は、静かだった。
柵の内側は、不思議なほど落ち着いている。
「……ほんとに来ねえな」
カイルが空を見上げながら言った。
「さっきまでの森と別世界だ」
ガイアもうなずく。
「魔物の気配が完全に消えている」
ティアナは少しだけ目を細めた。
「……普通じゃないわね」
ぽつりとつぶやく。
その視線は、拠点全体を探るようだった。
俺は何も言わない。
アリアも、黙っている。
⸻
「そういえば」
エリシアが少し遠慮がちに言う。
「温泉、使ってもよろしいでしょうか」
その一言で、空気が少し和らぐ。
「ああ、いいぞ」
俺が答えると、
ミーナがぱっと顔を上げた。
「……入っていいんですか」
「ああ」
ティアナも興味を示す。
「温泉があるなんて、贅沢ね」
カイルが笑う。
「森のど真ん中で温泉とか、意味分かんねえけどな」
レナも肩をすくめる。
「まあ、使えるならいいじゃない」
――軽い認識。
それで済んでいるのが逆にありがたい。
⸻
女性陣は温泉へ向かう。
その背中を見送りながら――
ティアナがぽつりと言った。
「……この場所」
「妙に整いすぎてない?」
一瞬、空気が止まる。
カイルが笑う。
「運がいいんだろ」
「水もあって、温泉もあるとか最高じゃねえか」
「……そうね」
ティアナはそれ以上は言わなかった。
でも――
完全には納得していない顔だった。
⸻
その頃、温泉。
湯気の中。
ミーナが小さく息をつく。
「……あったかい」
エリシアも、ほっとしたように目を細める。
「落ち着きますね」
アリアは静かに湯に浸かっていた。
そして――
小さくつぶやく。
「……ほんとに」
「とんでもないことしてるわよね、あの人」
エリシアが苦笑する。
「否定できませんね」
ミーナは少し不安そうに言う。
「……大丈夫、なんでしょうか」
その問いに。
アリアは少しだけ考えてから答えた。
「危ないのは確かよ」
正直な言葉。
「でも」
少し間を置く。
「無茶はしない」
昨日の会話を思い出す。
「……たぶんね」
完全な保証じゃない。
でも。
「それでも、信用するって決めたの」
エリシアは静かにうなずいた。
ミーナも、小さく手を握る。
「……はい」
⸻
温泉から上がったあと。
アリアは一人、少し離れた場所にいた。
拠点を見渡す。
家。
畑。
井戸。
温泉。
どれも“普通じゃない”。
でも――
確かにここにある。
「……はあ」
ため息。
そのとき。
「一人か?」
振り返る。
ユウがいた。
「そっちこそ」
「なんとなく」
少しの沈黙。
そしてアリアは言う。
「ティアナ」
「気づきかけてるわよ」
「……だろうな」
ユウも否定しない。
「どうするの?」
アリアの問い。
ユウは少し考える。
「そのうち話す」
「でも、まだ早い」
アリアはうなずく。
「妥当ね」
しばらく並んで立つ。
夜風が静かに流れる。
「……でも」
アリアが小さく言う。
「隠すなら、もう少し上手くやりなさい」
「金貨の件も含めて」
痛いところを突かれる。
「……善処する」
「しなさい」
即答だった。
思わず少し笑う。
アリアはちらっとこちらを見る。
「……でも」
少しだけ声が柔らかくなる。
「ちゃんと考えてやってるのは分かる」
昨日より、さらに一歩踏み込んだ言葉。
「だから」
ほんの少しだけ距離が縮まる。
「今は、手伝ってあげる」
横に並ぶ。
近い。
でも自然な距離。
「監視じゃなくて?」
「半分はね」
即答。
でも。
少しだけ笑っていた。
⸻
夜の拠点。
静かな空気。
その中で。
秘密を共有する者と、知らない者。
その境界が――
少しずつ形になり始めていた。
(続く)




