31話 価値と違和感
拠点に、少しだけ活気が出ていた。
「これと、これを交換でいいのか?」
ガイアが荷物を指差す。
「ああ、それでいい」
ダンがうなずく。
保存食と引き換えに、干した野草や簡単な素材が渡される。
まだ大したものはない。
それでも――
「……取引、成立だな」
カイルが笑う。
「なんかそれっぽくなってきたな」
レナも肩をすくめる。
「ほんとね」
その様子を、少し離れたところから見ていた。
(……始まったな)
物が動く。
価値が生まれる。
ただの拠点から、一段階進んだ感じがする。
そのとき。
「ユウ」
アリアが声をかけてきた。
「ちょっといい?」
「ん?」
少し離れた場所へ連れていかれる。
他の連中には聞こえない距離。
「……何か変なことしてない?」
いきなりだった。
「変なこと?」
「とぼけないで」
じっと見てくる。
「さっきの取引」
「金貨、混ざってたわよね」
一瞬、言葉に詰まる。
(見てたのか……)
ダンが荷物を広げたとき。
さりげなく袋に紛れ込ませた金貨。
“対価が軽すぎると不自然”だから、バランスを取ったつもりだったが――
甘かった。
アリアは腕を組む。
「この拠点、まだ何も売れるものないわよね?」
「なのに、なんで金貨が出てくるの?」
正論だ。
逃げ道は、ない。
でも。
「……拾った」
「却下」
即答だった。
「そんな都合よく?」
「……まあ、そうなるか」
ため息をつく。
アリアはさらに一歩踏み込む。
「昨日、約束したわよね」
「勝手に使わないって」
その言葉に、少しだけ胸が痛む。
「……悪い」
正直に言う。
「でも必要だったんだ」
「必要?」
「ああ」
俺はダンたちの方を見る。
「物が回るには、価値が必要だ」
「信用でもいいけど」
「最初は分かりやすいものがいる」
「それが金」
アリアは黙って聞いている。
「何もない場所に人を呼ぶなら」
「まず“ここは成立する場所だ”って思わせないといけない」
少し間を置く。
「そのための種まきだ」
アリアは小さく息を吐いた。
「……理屈は分かる」
でも、と続ける。
「だからって勝手にやるのは違うでしょ」
「……うん」
否定できない。
少しの沈黙。
やがてアリアは肩の力を抜いた。
「次からは」
「一言言って」
「分かった」
今回は本気でうなずく。
アリアはじっと俺を見て――
小さくため息をついた。
「ほんと、油断できないわね」
でもその声は、どこか呆れ混じりだった。
完全な怒りじゃない。
「信用してるから言うのよ」
ぽつりと言う。
「裏切られたら困るし」
俺は少しだけ驚く。
それから、苦笑した。
「気をつける」
アリアはそれ以上何も言わず、みんなの方へ戻っていった。
⸻
「ユウー!」
カイルが手を振る。
「取引終わったぞ!」
「おう」
戻ると、ダンが満足そうにうなずいていた。
「いい取引でした」
「また来ます」
「次はもう少し珍しいものも持ってきますよ」
「頼む」
ガイアが答える。
ダンは荷物をまとめると、森の外へ向かっていった。
その背中を見送りながら――
レナが言う。
「ほんとに来るのかしら」
カイルが笑う。
「来るだろ」
「儲かる場所って顔してたぞ」
確かに。
あれは“見つけた側”の顔だった。
⸻
拠点に、少しの静けさが戻る。
でもそれは――
前とは違う静けさだった。
人が来て。
物が動いて。
また人が来る。
その流れが、確かに生まれている。
ミーナが小さく言った。
「……人、増えますか?」
「増えるだろうな」
俺は答える。
エリシアも静かに言う。
「ここなら……安心できますし」
ティアナは腕を組んで、周囲を見ていた。
「水もあるし、土も悪くない」
「拠点としては優秀ね」
評価は上々。
アリアは少し離れた場所からそれを見ていた。
そして――
ちらっと俺を見る。
(……この人、本当に)
言葉にはしない。
でもその目は語っていた。
(どこまで考えてるのよ)
俺は気づかないふりをする。
⸻
その夜。
俺は一人、外に出た。
拠点を囲う柵。
その内側。
静かな空間。
(……そろそろか)
クリエイトブックを取り出す。
光が浮かぶ。
ペンを走らせる。
『この拠点の内側は、外敵が侵入できない聖域となる』
書いた瞬間。
空気がわずかに震えた。
目に見えない何かが、広がる。
(……これでいい)
やりすぎかもしれない。
でも。
守るためなら。
そのとき。
「やっぱり、使ってるじゃない」
背後から声。
振り返る。
アリアが立っていた。
「……見てたのか」
「なんとなくね」
腕を組む。
「で?」
「今度は何したの?」
隠しても無駄だ。
俺は苦笑する。
「防御強化」
「……はあ」
アリアは額を押さえた。
「ほんとに規格外ね」
でも――
その目は、少しだけ安心していた。
「まあいいわ」
「それなら納得できるし」
「ありがとう」
素直に言うと。
アリアは少しだけ目をそらした。
「……別に」
小さくつぶやく。
そして。
「ほんとに」
「ちゃんと相談しなさいよ」
「分かってる」
夜の拠点。
静かな空気。
でもその中で――
確実に、守られている感覚があった。
小さな拠点は。
少しずつ。
確実に――
“場所”から“居場所”へと変わっていく。
(続く)




