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30話 商人と価値の話

「……水、もらえますか……」


商人の男はそう言って、肩で息をしていた。


「ああ、こっちだ」


ガイアが井戸へ案内する。


男は桶を受け取ると、一気に水を飲み干した。


「はぁ……生き返った……」


その様子を、全員が少し距離を取りながら見ている。


アリアが小さく俺に言った。


「どうする?」


「商人よ」


「下手に関わると、面倒になる可能性もある」


確かに。


でも――


「でも必要だろ」


俺は答える。


「この先、物を揃えるなら」


アリアは少しだけ考えてから、ため息をついた。


「……そうね」


「慎重にいきましょう」


そのとき、商人が立ち上がった。


「すみません、助かりました」


深く頭を下げる。


「俺はダンという」


「行商をしている者です」


ガイアが軽く顎を引く。


「俺はガイア」


「こっちは仲間だ」


簡単な紹介が済む。


ダンは改めて周囲を見回した。


家。


畑。


井戸。


そして柵。


「本当に……こんな場所があったとは……」


そして、ゆっくりと口元が上がる。


「正直に言います」


「ここ、かなり価値があります」


カイルが笑う。


「さっきも言ってたな」


ダンはうなずく。


「森の中に安全地帯」


「水があって、畑もある」


「さらに人がいる」


指を一本ずつ立てていく。


「これだけ揃ってる場所は、普通ありえません」


レナが腕を組む。


「それで?」


ダンは一歩前に出た。


「取引をしませんか?」


空気が少し張り詰める。


アリアが前に出る。


「何を持ってるの?」


ダンは背負っていた荷物を下ろした。


布を開く。


中には――


「おお……」


カイルが声を上げる。


乾燥肉。


パン。


保存食。


布。


簡単な道具。


そして――


「薬もあるのか」


ティアナが目を細める。


ダンはうなずく。


「簡易的なものですが」


アリアが冷静に言う。


「で?」


「対価は?」


ダンは少しだけ笑った。


「本来なら金ですが……」


ちらりと畑を見る。


「ここはまだ貨幣が流れている感じじゃない」


「なら――物々交換でもいい」


ガイアが言う。


「何が欲しい?」


ダンは迷わず答えた。


「この場所との関係です」


一瞬、静かになる。


「……どういう意味?」


アリアが鋭く聞く。


ダンは続ける。


「俺に、この場所を使わせてください」


「定期的にここに来る拠点にしたい」


「その代わり――」


にやりと笑う。


「外の物資を、優先的に回します」


カイルが吹き出す。


「商売うめぇな」


レナも苦笑する。


「完全に長期契約ね」


ガイアは腕を組んで考える。


「悪くない話だ」


俺は少し考えた。


この拠点は、まだ何もない。


でも――


これから増えていく。


そのとき、外とのつながりは必要になる。


そして何より。


「人が来る理由」ができる。


俺は口を開いた。


「条件がある」


ダンの目が光る。


「なんでしょう」


「この場所のことを、勝手に広めないこと」


ダンは即答した。


「分かりました」


「信用第一ですから」


アリアが小さくうなずく。


「……いいんじゃない」


ガイアも言う。


「俺たちも使わせてもらうしな」


こうして――


交渉は成立した。


ダンは早速、荷物を広げる。


「まずは軽く取引しましょうか」


ミーナがじっと食料を見ている。


エリシアも少し緊張した顔だ。


ティアナは薬を確認している。


拠点の空気が、少しだけ変わった。


ただ生きる場所から――


「人が集まり、物が動く場所」へ。


俺はその光景を見ながら、思った。


(……少しずつ、形になってきたな)


迷い霧の森の奥。


小さな拠点。


そこに今――


流れが生まれた。

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