29話 森に迷い込んだ商人
拠点の朝は、少しだけ賑やかになっていた。
小鳥のさえずり。
ミーナの周りをちょろちょろ動くリス。
それを見て、カイルが苦笑する。
「完全に住みついてるな」
アリアも腕を組む。
「逃げないしね」
ミーナは小さくうなずいた。
「……ここ、安心するみたい」
そのとき。
ガイアが真面目な顔で言った。
「なあ」
全員の視線が集まる。
「この場所なんだが」
少し言いにくそうに続ける。
「正直、かなりいい」
カイルがすぐ乗る。
「拠点にできるレベルだな」
レナもうなずいた。
「水もあるし、畑もある」
「温泉まであるしね」
アリアが少し笑う。
「で?」
「何が言いたいの?」
ガイアは少し間を置いた。
そして言った。
「しばらく、ここを使わせてもらえないか?」
空気が少しだけ変わる。
俺はガイアを見る。
「使うって?」
「拠点としてだ」
ガイアは真剣だった。
「森の調査はまだ終わってない」
「町とここを往復するより、ここを拠点にした方が効率がいい」
カイルが言う。
「それに安全だしな」
レナも続く。
「もちろん無理にとは言わないわ」
俺は少し考えた。
確かに、人が増えるのは歓迎だ。
でも――
アリアが口を開いた。
「ルールは必要ね」
ガイアがうなずく。
「当然だ」
そのときだった。
ミーナの耳がぴくりと動いた。
「……来る」
全員がそちらを見る。
森の方。
だが――
魔物の気配じゃない。
「人?」
アリアが聞く。
ミーナはうなずく。
「……一人」
ガサッ。
茂みが揺れる。
そして現れたのは――
「た、助けてくれぇぇぇ!!」
大きな荷物を背負った男だった。
服はボロボロ。
顔は青ざめている。
「道に迷ったんだ!」
「魔物に追われて――」
男は柵の前で止まった。
そして。
はっとした顔になる。
「……え?」
柵の内側を見る。
家。
畑。
人。
「な、なんだここは……?」
カイルが小さく言う。
「今度は何だ……」
男はおそるおそる中に入ってきた。
そしてその場にへたり込む。
「た、助かった……」
ガイアが近づく。
「落ち着け」
「何者だ?」
男は息を整えながら言った。
「お、俺は商人だ……」
「町へ向かう途中で森に入ってしまって……」
レナが目を細める。
「商人?」
男はうなずく。
「行商をしてる」
その言葉に。
場の空気が少し変わった。
アリアがちらっと俺を見る。
俺も思った。
――商人。
それはつまり。
物資。
流通。
外とのつながり。
この拠点にとって――
一気に世界が広がる存在。
商人の男は周囲を見回していた。
「こんな場所……初めて見た……」
そして言った。
「ここ……」
「売れるぞ」
一瞬の静寂。
カイルが吹き出した。
「商人だなぁ」
だが。
その一言は――
この場所の価値を、はっきりと示していた。
迷い霧の森の奥。
小さな拠点。
だが今――
外の世界との扉が、開こうとしていた。




