アヴェ・マリア
『愛歌様、起きてください。愛歌様』
文化祭の翌朝、流暢に話す機械音声で目が覚めた。
聴き覚えのあるクラシックが、部屋の壁面スピーカーから立体的に流れている。
(確か……、グノーのアヴェ・マリアだっけ)
働かない頭でそんなことを考える。
「なによ、サラ。起こす時は音楽で起こしてって、いつも言ってるでしょ……」
右隣で寝ていた愛歌が、眠たそうに返事をした。
サラはマヤとは対照的に、家の中の雑務を任されている愛歌のAIだ。
『ですが愛歌様。お父様が——』
「そ、そうだった!」
サラが言い終わらないうちに、愛歌はさっきまでの眠たそうな様子とは打って変わって、ガバッと飛び起きて叫んだ。
「なんだよ?」
「今日お父様が来ることになっていたの、すっかり忘れてたわ!」
かなり焦った様子でそう言った。
「え?! なんでそんなこと忘れてたんだよ」
「……………………それ訊く?」
頬を紅潮させながら、愛歌が恥ずかしそうに言った。
白い肩と背中が、朝日に照らされて眩しかった。
ドクンッ。
その艶やかな愛歌の身体を見て、一瞬、昨夜のことが頭をよぎる。少し冷めかけたシーツに、まだ昨夜の体温だけが微かに残っている気がした。
途端に、さっきまでの眠気が全部どこかに吹き飛んで、代わりに熱が残った。
心臓が強く鼓動を打ち始め、すぐに目を逸らした。
「ご、ごめん……」
「って、そんなこと言ってる場合じゃなくて! とにかく応接間でお待たせしておいて!」
『すでにマヤがこの部屋に案内しております。もう間もなくご到着されるでしょう』
無慈悲にサラがそう告げた。
「ええええっ?! そ、そんな近くまで来ていたのに、なんで起こさなかったのよ」
『ですから、門の前にいらした頃から、音楽をお流ししておりました』
「この融通の利かないバカ!」
『ああ、こう起こすべきでしたか。「ゆうべは お楽しみでしたね」』
「やかましい! いつからそんな下世話な子になったのよ。って、あ、ちょっとま——」
愛歌が制止するが、ドアが開いてしまう。
「マヤがまだ寝ていると言っていたよ。愛歌にしては珍し……」
部屋に入ってきた人物と最初に目が合ったのは、愛歌ではなく俺だった。
スピーカーから流れていたアヴェ・マリアが、ちょうど終わったところだった。




