瀬里賀家
「えええええええっっ!? 瀬里賀家の令嬢が転入してきた!?」
放課後、中庭で陽を待っている間、真夏に今日のことを話した。転校生、瀬里賀愛歌さんのことだ。
「そう言ったろ。声でけぇな」
「いや、瀬里賀ってあのセリガっしょ!? なんでそんな平然としていられるの!?」
驚くなって方が難しいか。朝一で担任から紹介があった時、俺も少し驚いたし。
瀬里賀家——戦前の財閥からの流れを汲む家系だ。太平洋戦争中、当時の当主がアメリカに亡命した。それ故に、財閥解体の影響をほぼ受けなかったことで有名。歴史の教科書にも端っこに、少し名前が出てくる。現在ではITと医療を中心とした多くの事業で名を伸ばしている、世界でも有数の大富豪だ。
「気になって休み時間に調べてみたけど、本人もまあ大した人物だったよ。えーっと、十五歳でMITを卒業」
「MIT?」
さっき見つけたスマホの記事を、もう一度開いて読みながら口にした。真夏も覗き込んできた。
「マサチューセッツ工科大学。工学系で世界トップの大学だよ。知らないの?」
「そんな学校、あたしの人生には絶対に関わりないもんね」
確かにそれは言えてる。
「在学中に発表したニューロシンクシステムは、今後の医学を大きく変える可能性のある技術として注目された」
「何それ。ゲームの魔法?」
そんな響きに聞こえたか?
「デジタルツインって技術らしい。人の心臓、血流の流れ、神経や脳の動きまでも仮想世界で再現することができる。人の健康状態をシミュレートできるんだってさ。どんな病気にかかりやすいか、とか、どんな事故に遭いやすいか、とか、どんな治療を施すのがいいか、とか」
「え、ヤバ」
まあ、ヤバいな。行きすぎててそれが、逆に問題視されてるらしい。理由は、あまりにも細かすぎるプライバシーがわかってしまうからだ。
重要人物のその情報が、敵国のスパイにでも渡ってしまったら問題だろう。
「車椅子の人なの?」
その記事の一番下には、瀬里賀さんの写真も載っていた。
「下半身が不自由なんだって。完全に動かないわけじゃないらしいんだけど、歩くのは困難みたいだ。這うくらいはできるらしい」
「えー、大変だね」
幼少期の事故が原因、って自己紹介で言っていたのを思い出す。
「で、その……、家柄もよくて頭もいい。写真見た限りじゃ超絶美少女。そんな女子どころか全人類が嫉妬しそうなパーフェクトお嬢様が、なんでこんな極東のド田舎高校に入ってきたの? 大学卒業してんでしょ?」
前半の所はわかる。ジャンプ漫画のキャラだったとして、盛りすぎだと怒られそうなスペックのお嬢様だ。
だがド田舎ってのは、地元を少々卑下しすぎだ。
この辺りは一応東京圏内だし、刺激はないが、普通に生きる分には不自由はしない。
とはいえその疑問はもっともだ。学校の偏差値は60前後。変にプライド拗らせたのしかいないような自称進だし。
「さあね。自己紹介ではアニメに憧れたからとか言ってたけど、それ以上のことは知らないよ」
「白ってそういう人と話したがらなさそうだしね」
「正解」
そんな話をしていたときだった。ピロンと画面上部に通知が飛んできた。陽だ。
「少し遅くなるってさ」
「はあ……、んなことだろうと思った」
うちの文化祭は11月後半と少々遅いが、それでも夏休みが明けたとなれば、かなり忙しくなってくるのだろう。仕方ないかもしれない。
「あ、そうだ。本を返すの忘れてたんだ。ちょうど時間ができたし、返してくる」
そう言って立ち上がった。
「えー、女子をこんなとこに一人にするの?」
「こんなとこって、自分の通ってる学校内だろ」
治安が悪いところみたいに言うなよ。
「まあいいや、あっついし。あたしも図書室で涼んでこうかな」
そう言ってついて来た。
陽に場所を移る旨のメッセージを送り、廊下を歩く。
「あ、もうちょいそっち持って」
「こう?」
「そそそ」
階段に向かう角を曲がると、上の階からそんな声が聞こえてきた。
「ごめんなさい。迷惑をかけてしまって」
「大丈夫ですよ! 困った時はお互い様でしょう?」
クラスの一軍女子たちと瀬里賀さんだ。HR後、学校を案内するとかって話が聞こえたから、その最中なのだろう。瀬里賀さんを階段から下そうとしているらしい。
その様子を横目に、二階に上がって図書室に向かう廊下に出た。そこの扉に手をかける。
「は、白! 今のが瀬里賀さん? あの金髪翠眼の美少女が?!」
真夏が話しかけてきた。
「ああ」
「ええ、やっばぁ……。生で見たらマジでヤバすぎ。ってかなにあれ。お人形さんみたいとか超えて、天使? 天女? 女神? あんな顔整ってる人って存在するの?! ってカンジでさ! それに香りも! すれ違っただけなのに、フローラルな香りがふわって! 香水なのかな?! いや、それは校則違反か。ってことはシャンプー? それともトリートメント? いや、もしや天然?!」
「おい」
「ってか、改めて聞くけどなんで白はそんなフツウにしてられるわけ?! 危うく女のあたしも一目惚れしそうだったのに!」
「おい、ここ図書室だぞ」
「へ?」
真夏は無意識に歩いていたのだろうが、今は図書室のカウンターの前にいた。司書に睨まれている。
「あ、ごめんなさい……」
そのことにようやく気付いた真夏は、謝って少し離れた。
夏休みの長期貸出期間に借りていた本5冊を返却する。本棚を見て回り、気になった本を3冊手に取る。もう一度カウンターまで持っていき、借りる手続きをした。
そして真夏の座っていたところの向かいの席に座る。
「ね、これ見て」
真夏がスマホの画面を見せてきた。海外の雑誌の表紙に瀬里賀さんが載っている。教室でのイメージとは少し違うクールな印象の姿だった。
「一回だけ雑誌のインタビューを受けたことがあるんだって。その時の表紙。なんでも着こなせちゃってすごいよね!」
「すっかりファンになってるな」
「いや、あれ生で見てならない方がオカシくない?!」
「そうかね」
俺は真夏の向かいの席に座って、借りた本を開いた。
「……あんたさぁ。前から思ってたんだけどさぁ」
「なに?」
「タマ、付いてんの?」
「さあね。触って確かめてみるか?」
「いやなこった」
あれ、この本、前も読んだかな? フレーズに見覚えがある。
「もしもし? は? え、なに?」
顔を上げて見たら真夏が、電話に出ているようだった。
図書室で何やってんだよ。
「どゆこと? にん……は? 何言ってんの? あー、もうわかった。白、ごめん。急に陽に呼ばれちゃった。すぐ戻れると思うからちょっと待ってて」
そう言って飛び出していった真夏を見送った。
何かあったんだろうか? もし覚えていればあとで聞こう。そう思いながら、本に目を戻した。
「おい、青鏡、お前夏休みで彼女つくったのか?!」
やっと本に集中できるかと思ったら今度は別の人間に絡まれた。




