夏休み明けの転校生
もし僕の前作までの話を読んでくださっていた方がいらっしゃったらなのですが、今回の話には、似た名前の別の人物が登場します。
一応、別世界線として描いていますので、前作までとはほとんど関係がありませんし、読んでいなくてもお楽しみいただけます。
太陽に焦がされた黒いアスファルトを見つめ、駅から学校までの道を歩いている。まだ暑さの解けない夏の空気が、肺を焼いていくみたいだった。
「どけよ、盗パン」
「っ!!」
「邪魔だぞ犯罪者!」
後ろから走ってきた同学年の男子に突き飛ばされ、電柱に軽く背を打った。痛みより先に、視線が刺さる。
どこかからのクスクスとした笑い声だけが、靴音に混じって遠ざかった気がした。
「痛……」
九月一日。二年の夏休みが終わる今朝は、どうにも空気が騒がしい。夏休み明けで憂鬱だというのだから、朝くらい、もう少し落ち着いていて欲しいものだ。
「おい! 待て!」
「いいんだ。気にしないで」
いつの間にか後ろにいたらしい、友人の唯原陽を止めた。俺を突き飛ばしていったやつらを、追いかけようとしてくれたようだった。
「大丈夫?」
陽の幼馴染の女の子、空音真夏が遅れてやってきた。
「ああ、もう慣れたよ」
「なにも大丈夫じゃないじゃん。ダメだよ。やなことはやだって言わなきゃ」
「ああいうのと、わざわざ関わる方が面倒だろ」
真夏と会話しながら立ち上がった。
「相変わらずだねー、白は」
真夏が呆れながら言う。
白は自分の名前だ。青鏡白。
「まあね」
「でもムカつくなぁ……」
陽がつぶやいた。そう言ってくれる友達がいるだけ、ありがたいんだと思う。
「で、この騒がしさ。何か知ってるか?」
学校の正門前の通りに出ながら、二人に聞いてみた。
「さーね。あ。もしかして、あれじゃない?」
真夏が指した先には、黒い車があった。ちょうど学校から出ていくところみたいだ。あれは高級車だ。車のことに詳しくない俺でもそれがわかる、そんな車だった。
「うっおー、すげぇ! あんなの初めて見たぜ!」
陽が言った。対照的に俺と真夏は静かに会話を続ける。
「なんだってあんなのが?」
「知るわけないでしょ。あ、でも見てよ、運転手か執事みたいな服の人が運転してるよ。すっごい偉い人が来てるんじゃない? 政治家とか?」
「まさか」
うちの高校になんで、そんな人が来るってんだよ。
車が走り去っていくのを横目に、正門から校舎に向かう。
「うちの学校に金持ちっていたっけ」
「うーん。こいつが一番ってとこじゃない?」
真夏が陽を指しながら返した。
「あー、確かに」
陽は、元地主だかなんだかの家系で割と金持ちだ。家も大きい日本家屋だし。その家柄ゆえか、近所の祭りなんかでは太鼓を叩かされたりとかしてる。普通に上手い。
校舎に入って自分の下駄箱に向かった。風のない廊下は日陰でも外と同じくらい暑い。
「今日って午前授業だったよね」
「だと思うけど?」
それぞれの上履きに履き替えた後で、真夏に訊かれてそう返した。
「じゃあ帰りさ、お昼代わりにカラオケ行こうよ」
「またか? 夏休み中に何度も行ったろ?」
陽が嫌そうに言った。
「いいじゃん。弁当持ってきてないっしょ?」
「……持ってきてないけどさぁ」
「んじゃ、決まり」
昼食はこの二人と一緒に食べることが多い。
真夏と陽は付き合ってはないけど、いい感じではあるし邪魔したくないなと思っている。でも、毎度誘われるものだから、気づけばそれが習慣になってしまっていた。
「部活は?」
三人のうち真夏だけ部活に入っている。水泳部だ。
「今日はないよ。火曜は定休日だって言ってなかったっけ。というか部活があったら朝練だし、登校中に白とは会ってないよ」
「ああ、そっか」
そういえばそうだったな、と思い出す。
「陽はどう?」
「実行委員会で少し集まるから、待っててくれ」
陽は文化祭の実行委員をやっている。
「わかった。じゃあ、いつもの場所で」
真夏が言った。
いつもの場所っていうのは、いつも昼飯食べている場所のことだろう。
俺は、二人とは離れた別のクラスだ。そんな会話をした後で分かれて、自分のクラスに向かった。
……なんだか知らないけど、他のクラスからの野次馬みたいな連中が、入り口に群れている。よく見たら他学年の人もいるな。邪魔くさくて仕方ない。
どうやら、今日の騒がしさの原因は、うちのクラスにあるらしい。
人ごみをかき分け、廊下から教室へ入る。すると、窓際の一番目立つ席のあたりに人だかりができているのが見えた。
俺の席は教卓の前だ。そこに向かいながらチラっと見ると、人だかりの隙間から、光を弾く黄金色の髪が見えた。
その一瞬、息が止まった。
「あぁ……、なるほど……」
その人だけ、持っている空気が違った。彼女の前では全ての人がただのモブに成り下がる、そんな印象を受けた。
大人数に囲まれて困っているようにも見えるけど。なんにしたって、俺みたいな陰のものとは関わりのない人種だってことだ。
そう思いながら、カバンから本を取り出した。




