全部、歌にして
昔、好きな人がいた。
家が隣だった女の子で、名は紅咲夜空。
なんで好きだったかって、口にしようと思えばできると思う。だけど正直、物心つくより前から好きだったから、何を言っても嘘くさくなってしまう。
中学1年生の2月頃、夜空に彼氏ができた。俺ではなかった。
クラスの中心みたいな、そんな男子が相手だったと思う。下校途中、嬉しそうな顔で報告された。
俺は心を軋ませながら、祝福することしかできなかった。
その年齢ならよくある話だ。そしてクラス替えを期に自然消滅してしまう、なんて言うのもよくある話だ。
そして中学2年生の6月ごろ、夜空は親の事情で転校することになった。言わなければ後悔すると思って最後の日、俺は告白した。
「ごめん。白のこと、そういう目で見たことなかった」
帰ってきたのはそんな言葉だった。それ以降彼女とは連絡を取っていない。
それ以降、学校で俺は孤立するようになった。
原因は夜空の元カレが、別れた理由を俺に押し付けたことだった。
「幼馴染だった」「仲が良かった」ただそれだけのことで。そしていじめが始まった。
最初は軽い意地悪や仲間はずれみたいな、小さなことだった。しかしそのうち、教科書や道具がゴミ箱に捨てられている。ワイシャツを切り刻まれている。と、そんな重いものになっていった。
そして極め付けの事件が起こる。
「西野の下着が無くなった。もちろんお前らの中に犯人がいるとは思ってないが、念のため持ち物検査をさせてくれ」
ある夏の日、担任の教師がそう言い出し、手荷物検査が始まった。そして一人ずつ別の教室に呼び出されて、俺の鞄には、身に覚えのない女の下着が入っていた。
そのことが教師間で生徒監督上の問題となる。いくら自分じゃないと否定しても、信じてはもらえなかった。
でもきっと、母親が来たら味方になってもらえるだろう。そんな淡い期待も裏切られ、母は隣でただひたすらに謝るのみだった。
とはいえそれ自体は仕方のないことだと、今では思う。大人というのは世間体を気にする生き物だ。その上母は、兄の真白の分までちゃんとした大人に育てなくては、というプレッシャーのようなものまで感じていたんだと思う。
その女子生徒、西野との話は済んだのだが、それでも、俺が盗んだ犯人だったらしい、という噂が広がっていた。『パンツを盗んだ変態退治』という大義名分を手に入れた彼らの、いじめの加速は止まらない。
それから間もない下校時、突如紙袋を被せられ、視界が真っ黒になった。そのまま数人でどこかに連れていかれ、複数人から暴行を受けた。
笑い声から男子だけでなく、女子がいたのもわかった。声を間違えていなければ橘もいたと思う。
紙袋のせいで酸欠になり頭がぼーっとしていく。手足を縛られ抵抗することもできない。
何もできないまま、ただ痛みと笑い声を浴びていた。
——殺される。
何度も本気でそう思った。
その頃からだ。大勢の人間の笑い声を聞くと、吐き気を催すようになったのは。
最後に無抵抗のまま下半身を露出させられ、写真を撮られた音がした。その写真はクラスのラインのグループに流された。
そして俺の中の何かが事切れて、学校には行けなくなった。
ギターを始めたのもその辺だった気がする。
少しして、一人のクラスメイトがうちに来るようになった。学級委員をしていた男子だった。それが野村だ。
最初は母に、プリントや宿題などを届けに来るだけだった。
しかし毎日来るもんだから、少しずつ話すようになっていった。
だんだんと、好きな漫画の話をしたり、一緒にゲームをしたり、外に遊びに行くようになったりした。
「俺さ、お前と学校でも話したいよ。お前も来いよ」
そう野村に言われたのが嬉しくて、ある朝、他の人と登校中に会わないように朝一で行く約束をして、学校に行った。
教室に入ると野村が首を吊って死んでいた。
彼の残した遺書で知ったことだが、俺が不登校になって、そのことでいじめてた奴らを咎めたという。そのせいで今度は野村がいじめられるようになった。
ここからは推測でしかないのだが、そのせいで彼は俺をひどく恨むようになったのではないだろうか。復讐のため、絶望させるため、あえて仲良くなって、そして、目の前で首を吊って見せたのではないか。
それが本当に野村の計画だったかどうかはわからないが、少なくとも俺は、そんな風にしか考えることができなかった。俺の精神はさらに傷つき、完全に不登校になった。
それから俺は人を深くまで信用できなくなった。
それと同時にこんな思いまで抱くことになる——俺は人を好きにはなれない。
全ての発端は俺が夜空を好きになったことがきっかけだった。
幼馴染として適切な距離感で、人に嫉妬心を与えないようにしていれば、最初のいじめも起こらなかっただろう。そう自分を責めた。
そして、俺は人を好きになるのが怖くなった。その原因は、この一連の出来事すべてにあると思う。
——自分は無条件に悪である。そう考える方が辻褄が合って、楽だったから。
いつしか、そんな風にも考えるようになっていた。
『そりゃ傷も痛むよ。息も苦しいよ。だって人間だもん。生きてるんだもん。そう簡単に癒えないよ』
そんなどうしようもない過去を受け止めてくれる人がいた。
『でもさ、だからって幸せになっちゃいけない人なんていないし、求めちゃいけないわけでもないでしょ。そうやって生きていくのだって人間でしょ!』
肯定してくれる人がいた。
『……だから、あなたも、生きてよ……』
そんなどうしようもない俺に生きてていいって言ってくれる人がいた。
『あと、あなたが好き』
愛してくれる人がいた。
だから俺も返さないといけない。返していかないといけない。
全部歌にしてやるってくらいの気持ちで、生き抜いていかないといけない。
——そう思った。




