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青春の被害者たちのラブソング  作者: 竹湧綺 / Take You-ki
第三楽章:アッチェレランドの果てに
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雨と熱

「俺からも聞いていいか?」

「何?」

「……最近、俺のこと避けてたよな」

 あの手を弾かれた事件以来、どこか余所余所しく、前と同じように話せなかった。

 でもこうして泊めてくれたり、話を聞いてくれたりして、嫌われたわけじゃなさそうだったから、ずっと見ないふりをしていた。

 でも頭の片隅では気になっていた。

「あぁ……、えっと、その。白自身も知っているのよね。橘さんたちが流していた、あなたの噂」

「ああ」

「それ聞いて少し動揺してしまったの」

 そういえば、橘と愛歌が言い合ってた時、そんな話をしていたのを思い出す。

「ごめんなさい。あなたを傷つけたわよね」

 俺が寝ていたベッドの横まで来て頭を下げた。

「なんで愛歌が謝るんだ」

「だって……」

 二人して少し黙ってしまう。

「……じゃあ、さ。一つ教えてくれ」

「何?」

 そう言って頭をあげた。

「なんで今日、俺のこと信じてくれたんだ?」

 あの教室での一件で、俺はもう終わったと思った。

 愛歌に嫌われたってそう思った。

 でも実際には違った。

「……私はあなたを信じてる。そして、そんな私のことを、私は信じてるの」

「なんだそれ」 

 少し笑ってしまった。

「ふふ。真夏の受け売りなんだけど、私が言うとやっぱり変かな。でも」

 愛歌はゆっくりと車椅子を動かし、ベッドの上へ器用に腰を下ろした。その仕草は雨よりも静かだった。

「あなたもあなたのことを、もっと信じてあげても良いんじゃないかな」

「でも……」

「お兄さんのことだけじゃないでしょ。その、野村君のこととか、色々と負い目に思ってることがあるんでしょ」

「え?」

 なんでその名前知ってんだ?

「ごめん。噂を聞いてあなたの中学での出来事少し調べちゃったの」

「いや、いいよ。隠してるわけじゃないし」

 野村は中学の時、唯一友達だった人だ。……だと思ってた人だ。

 自分で首吊って、今はもう、この世にはいない。

「だからね。その、何が言いたいかって言うと……。……辛いって思ったならそりゃ辛いって思っていいし、幸福だって思ったなら幸福だって感じたっていいの」

 そう言って、上半身の力だけでゆっくりこっちに這ってきた。

「そりゃ傷も痛むよ。息も苦しいよ。だって人間だもん。生きてるんだもん。そう簡単に癒えないよ」

 愛歌の温かい手が自分の手に絡んできた。

「でもさ、だからって幸せになっちゃいけない人なんていないし、求めちゃいけないわけでもないでしょ。そうやって生きていくのだって人間でしょ!」

 その言葉はなんだか、今手で感じているもののように暖かく感じた。

 でも、少しだけその温もりが怖かった。

「……だから、あなたも、生きてよ……」

「俺、そんなゾンビみたいに死んでるように見える?」

「うん」

 即答される。その想いが、繋いだ手を通じてすっと入ってくるようだった。

 少しの間、部屋が静寂で満たされる。

「あと、あなたが好き」

「え? へ?」

 その言葉が落ちた瞬間、部屋の時間が止まった気がした。

 突如放たれたその言葉に、まるでレモンを絞るみたいに、心臓がギュっとなるのを感じた。

「だから、あなたを信じてる理由! 私はあなたが好きなの!」

「っ!?」

 愛歌にもう一度そう言われ、上から唇を重ねられた。

 少しのあいだそうしてから、そっと離れる。

 ゼロ距離で見つめ合う。お互いの息と息が混ざり合うのを感じ、湿った熱が頬を伝う。

 そして、もう一度唇を重ねる。濡れた唇が触れ合って、互いの呼吸が少しずつ乱れていく。雨で冷えた部屋の空気の中で、愛歌と触れている部分だけがやけに熱い。それでも離れられなかった。

 唇が離れるたび、かすかに音が鳴る。その音が、雨の粒よりも近くで響く。

 ただ唇を重ねているだけなのに、胸の奥で何か温かいものがじんわりと、痛いくらいにせり上がってきた。

 唇の隙間から、そっと愛歌の舌先が伸びてくる。

「待って」

 しかし、震える手で愛歌の肩を押さえ、そっと上体を起こした。

「え?」

「ごめん。まだ怖いんだ。俺、本当に臆病で、人を好きになったり、幸せを感じたり、そんなことすら怖いんだ」

 正直に言葉を繋げた。

「もっと素直になれるようにするから。もうちょっとだけ待っててほしい」

 そう俺が言い終わると、愛歌が小さく息を吸い込み、両腕を伸ばした。

 気づけば俺は、その腕の中にいた。

「うん。待ってる」

 愛歌の体の熱はとても暖かくて……今はただ、その鼓動だけが雨を越えて響いていた。離れたくないと思った。

 外ではまだ小さな雨が降り続いていたが、痛みは少しだけ遠のいた気がした。

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