ある雨の放課後
放課後、職員室に呼び出され、そこで事情について話をしていた。
ことの発端の橘が、時間がかかったが、ようやく口を開いた。
ひと月ほど前、橘の彼氏……いや、今は元彼か。そいつが愛歌に一目惚れして橘と別れた。それが嫉妬の原因だったらしい。
そんな他人の情事に、こっちまで巻き込まないで欲しいし、同情なんかするつもりはない。が、まあ少しは哀れんでやってもいいと思う。
結果、俺たちは謹慎処分になった。愛歌と橘は来週の金曜まで。俺は再来週の金曜までだ。
俺は本来文化祭終わりくらいまで謹慎処分となる予定だったが、元々俺は生徒会に推薦されるくらいには先生からの所感が良かったこととか、周りの生徒から聴取の結果とか、事情が事情ってのもあって、少し温情をもらえたといった形だった。橘のケガも骨が折れたりとかしていなくて、打撲で済んだのも大きいと思う。
そう話がまとまりかけていた時……部屋の空気が少し緩んだ、その時だった。
「うちの子がご迷惑をおかけし、大変申し訳ございません!!」
俺の母親がその部屋に入ってきた。
「お、お母様、確かに青鏡くんは……」
「……白、お願いだからもう問題を起こさないで。お母さん、もう心配で……。本当に申し訳ございません。ああ、女の子の顔にこんなあざをつけてしまって……。ほら、あんたも謝って!!」
「い、いや……」
その勢いに橘すら押されていた。
「お母様、白くんはもう十分に反省しています。それに、もう謝って、橘さんもそれで納得していますし……」
「いえ、私がしっかりと指導をしなかったから……。最近は夜遅くまでほっつき歩いて、週末も帰ってきませんし。果ては女の子に手を上げてしまうような、不良になってしまったんです」
「不良? 不良ね」
変な笑いがふつふつと込み上げてきた。喉の奥が勝手に震えて、止めようとしても笑い声がこぼれた。自分の声なのに、誰か別の人間が笑っているように聞こえた。
「そっか。じゃあ、中学の時の事件も、それから不登校だったのも、今回の事件も、俺が不良だったから起こったってわけだ。こりゃ傑作だな」
笑いが止まらない。抑えようとするほど、喉が勝手に鳴る。
「なあ? 兄貴が死んだのだって俺のせいだしなぁっ!」
「白! なんて事いうの!」
母さんが少々ヒステリー気味に言った。
「るせえ! てめえもそう思ってんだろーが! ずっと! じゃあ俺もさっさと吹っ飛んじまえばいいのかな!」
「白!」
母さんに肩を強く掴まれた。
先生たちは顔を引きつらせ、誰も言葉を出せなかった。愛歌は何かを言おうとしたが、言葉が見つからず、唇を噛んでいた。
「ちっ」
俺は荷物を持って、その部屋から出ていった。
雨に打たれながら、適当な場所をフラフラとしていた。
ゲームセンターに寄って、ゲームで取った景品をそこにいた子どもたちに配ってみたり。
食パンを買って池の鯉にあげてみたり。
傘を買って路地で見つけた猫の親子に差してみたり。
コンビニを渡り歩いて募金箱という募金箱にお金を突っ込んでみたりした。
……別にそんなことをしていたって何も変わらないのに、手だけが動いていた。
気づけば、夜の帳が下りていた。人の声もしなくなった街で、俺だけが置き忘れられたように感じる。
家に帰りたくなくて、でも行く場所もなくて。
気づけば俺はあの場所にいた。
重い体を引きずって、ぬかるむ階段を登っていく。鳥居をくぐる。神社境内は灯籠の光だけが、地面を照らしていた。
いつものベンチに座って、街を見下ろした。
顔から流れていくものが、涙なのか、雨なのか、それすらもわからなかった。
——もう、何も考えたくなかった。
雨が地面を打ち付ける音だけが、鼓膜を震わせていた。
……………………。
…………。
……。
少しずつ、眼下に広がる生活の光が減ってきた頃のこと。
突如、自分に降り注ぐ雨を遮る音が、頭上で鳴った。
ゆっくりと上を見ると、黒い傘が揺れていた。
「初めて学校外で会った時も、この場所だったわね」
愛歌だった。
「なんだよ」
「うん、ただ、ここにいる気がして」
「…………」
その優しさを受け取る度量が、今の自分にはなかった。
「帰りましょ」
そう言って手を差し出される。
「…………あぁ……」
俺はその手を取った。




