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青春の被害者たちのラブソング  作者: 竹湧綺 / Take You-ki
第三楽章:アッチェレランドの果てに
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橘七美

 愛歌との一件から、四日が経った。

 愛歌は次に会った時に、その時のことを俺に謝罪した。しかし、なぜあんなことになったのか聞いても、それは教えてくれなかった。

 気にしないようにしても、それ以降の愛歌はどこか余所余所しい。その度に、俺の手を叩いた時の愛歌の顔を忘れられなかった。

「また今日も遅くなるの?」

「うん」

 そんな雨の日の朝。靴を履きながらそんなことを考えて、母親の問いにぼーっとしながら答えた。

「何してるのかわからないけど、あまり……」

「兄さんのこと思い出してるの? 同じようになるんじゃないかって?」

「え?」

「……え?」

 どうして今、その名前を出したのか、自分でもわからなかった。

「いや。ごめん。行ってきます」

「あ、待って」

 ぴしゃりと逃げるようにドアを閉めた。傘を差しながら、イヤホンを耳に入れた。


 学校に着き、教室に荷物を置いた。早朝だったためか、まだ人はいなかった。いつもの光景だ。

 そのまま図書室に向かった。

「っ!?」

 図書室への階段を降りようとした時のことだった。

 急に背中を掴まれ、引き倒されるように、上階に引き上げられた。

「おい、なんだよ!?」 

 そして、屋上前の踊り場の壁にドン、と壁に叩きつけられる。一瞬だけ視界がぐらりと揺れ、息がうまく吸えなかった。

 揺れる視界の中で何があったのかを把握しようとすると、5人の影が見えた。

「いった。なんだよ、お前ら」

「あーあ、口の利き方、忘れちゃったんだぁ? 青鏡」

 女子高生はどうにもみんな同じに見えてしまうし、名前を覚えるのは苦手なのだが、真ん中のやつだけは知ってる。

「あぁ、なんだ橘《たちばな》か。中学ん時、藤橋《ふじばし》の金魚のフンやってた」

 そう煽ると舌打ちが聞こえた。

「あんたは、何も変わってないね。こっち見下ろしてるようなその目、ムカつくんだよ」

 そう言った次の瞬間、みぞおちに蹴りが入った。

「ゲホッ、ゲホッ」

 倒れそうになるのを堪えて、壁に手をついた。

「あはははは!」

「男の癖に、だっさー」

 頭にキンキンと笑い声が響く。

 痛みとトラウマで履きそうになり、うめきながら体を震わせた。

「ねぇ、ちょっとやりすぎじゃない?」

「いいっていいって、どうせ誰も信じないんだから」

「そうそう。あ、そだカメラの準備しとかないと」

 取り巻きたちのそんな声が聞こえた。

「……」

 後ろにいる女子たちとは対照に、橘は俺のことを睨んでいた。

「怖い怖い」

 手を震わせながら、自分を取り繕うように言って、立ち上がった。

「で、何だよ。今更、俺に用なんかないだろ」

 同じ中学だってのに、高校にあがってから一回も話したことなんてないじゃん。

「お前にはないよ。あるのは、あの金髪」

「金髪? ……ああ。愛歌のことか」

 うちの学校は髪を染めるのは禁止だ。となると愛歌以外に該当者がいない。

「え、名前呼びなんだけど」

「やっぱそうなんじゃないの?」

 ? なんだその反応。

「青鏡、あの女と仲いいんでしょ」

「友達ではあるよ」

「へえ、友達ね」

 橘が含みのある言い方をする。

「あの女さ。お前のこと好きなんだって」

「……………………は?」

 一瞬呼吸が止まった。心臓が感じたことのない音を出す。

(なに言ってんだ。愛歌みたいな、高嶺も高嶺の花が、俺みたいなうじ虫のようなやつを、好きになんてなるはず……)

 と状況を忘れ、困惑に思考が沈む。

「っ! 何すんだ!?」

 突如、その思考の海から引き上げられ、また橘と取り巻きに俺の体を掴まれた。そして反対側の壁に投げ出される。そこに女生徒がいるのが見えた。

 体勢を崩し、その子に覆い被さるかたちになる。

(あれ?)

 この子だけ少し毛色が違うな、と思った。橘たちとは違う、見るからにおとなしそうな子だった。

 というか、その瞳には少し恐怖が浮かんでいて、体が震えている。

「ご、ごめん……」

 消え入るようにその子がそう言った。その言葉とは裏腹に、目は助けて、と言っているように見えた。

「っ!」

 困惑していると後ろから橘に顔を押し付けられ、その女の子と無理矢理キスをさせられた。女の子が肩をびくりと震わせながら、目をぎゅっとつぶっている。

 冷たい壁の感触を手のひらで感じながら、名も知らぬ女の子の湿った震える唇を受け止めていた。

 その最中、耳元でシャッター音がした。視界の端にスマホが見える。フラッシュなんか炊かれていないのに、一瞬世界が白く飛んだように感じた。

「ちょ、これ、ヤバくね」

「え、マジで撮ったの?」

「だって橘に言われたし」

 そんな笑い声まで聞こえてくる。

「ち! 何なんだよ!」

 力任せに引きはがし、橘にそう言った。

 キスをさせられた女の子を背に、また橘と向かい合う形になる。

「あんな女、ずっとムカついてたの。見下ろしてくるような目で笑うのも、優しくしてくるのも、ぜんぶ、腹が立つ。だったら、少し壊してやりたいでしょ?」

 少々狂ったような笑みを浮かべながら、さっきと同じ位置にまた投げ出された。

「お前があの女を階段で運んでるとこ、何度も見てるよ。お前だってコキ使われて嫌気差してんじゃないの?」

 そう言いながら今度は、橘に顔を近づけられる。

「だからさ。あの女の持ってるもん一個くらい奪ってやりたいわけ。そのためにさ、そこの女と付き合ってよ」

「……は?」

「いいじゃん、お互い陰キャなんだから、恋人出来てハッピーじゃん。むしろ感謝して欲しいんだけど?」

 何言ってんだこいつ。

「ちゅーもしたことなかったでしょ? ほら感謝したっていいんだよ? ってかハメ撮りでも送ってよ。そしたらあの女に送ってやるからさ!」

 橘がうるさい声でそう言った。

「気持ち悪」

 つい軽く呟いてしまった。

「は?」

「別に俺が愛歌を助けてるのは好きでやってることだし。その子に罪はないけどさ。ここで付き合ったらお前らと同類じゃん。そんな風に見られるつもりはないよ」

 そう言ってその場から立ち去ろうとした。

「誰もお前のことなんか気にしちゃねえよ! 自意識過剰なんじゃねぇの!?」

 そして背中にそう、罵声を浴びせられた。

「自意識過剰?」

 その声が雨の中の泥みたいに、胸の奥に貼りついた。

「お前に、……お前に何がわかるんだよ!!」

 気づいたら俺は橘の胸ぐらを掴み、そう叫んでいた。

「中学ん時はてめぇらのせいで地獄だった。だからもう、笑われないように、見られないように、って毎日息をしないようにしてた。俺の高校生活の一年半、全部それだよ。それの! 何がわかるんだって! 聞いてんだよ!」

 しかし危ないところで冷静になって、それだけを言い放った。早朝の誰もいない学校の廊下に、声が響いていく。

 ここまで俺が怒ると思わなかったのか、橘は驚き無言になっていた。

「ちっ」

 俺は手を放して踵を返し、もう一度その場から離れようとした。

「返してもらうから……」

 橘のそんな震えた声だけが耳に届いていた。それはちょうど今の小雨のように、少し泣いているような声にも聞こえた。

 それも雨音と一緒に、すぐに遠ざかっていった。

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