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青春の被害者たちのラブソング  作者: 竹湧綺 / Take You-ki
第三楽章:アッチェレランドの果てに
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18/33

亀裂

 その日の放課後も愛歌の家で練習をしていた。

 今日は金曜日だ。愛歌の家に泊まるから、夜中まで練習できる。

 普段の放課後は、早めのうちから合わせ練習をするのだが、金曜は夕飯までの時間それぞれ別のスタジオを使って練習し、夕飯後から合わせ練習を始めるようにしていた。

 ——だから、その違和感に気づくのが遅くなってしまった。

「どうしたの? 愛歌がミスなんて珍しいよね」

 そう真夏が指摘したとおり、愛歌の様子が変だった。

 キーボードのミスタッチは多いし、入るタイミングを一番と二番で間違えたり、歌の音を外したり。

 らしくないミスだった。

「ずっと調子悪そうだよな。体調、大丈夫か? 今日は休んだ方がいいんじゃ」

 俺はそう言って、そっと愛歌の肩に手をのせた。

 愛歌の肩がびくりと震えた。

「ひっ!」

 パンっ。

 愛歌が俺の手を反射的に弾く。乾いた音がそのスタジオ内に響いた。

 その一瞬、目が合った。

 愛歌の瞳には、恐怖とも悲しみともつかない色が揺れている。何に怯えているのか、俺にはわからなかった。

 ……少しして、アンプのハム音が耳に届くようになってきた。

「あ、あ……。ご、ごめん、なさい。わ、私、その……。ううん! そう! ちょっと体調悪いの。今日は休むわ」

 そう言って焦ったように愛歌は出ていった。

 俺は手を弾いた時の愛歌の顔が、まぶたの裏に焼きついて忘れることができなかった。

 その出来事が、何か気のせいとか、疲れてただけとか、そんなことで起こった出来事だったら良かったのに。

 それから心なしか、愛歌が俺を避けるようになった。目が合うたびに、あの乾いた音が耳の奥で何度も蘇る。


 ***


 ゴシックモダンの部屋に、雨音が静かに染み込んでいく。

 薄暗い部屋の片隅に、場違いなほど無機質な、近未来のモニターが光っている。壁に反射したその青白い光が、天井の影をゆらりと揺らしていた。

 愛歌は机の上に突っ伏していた。

 キィ。

 部屋の扉が開く。

「そんなとこで寝てたら風邪ひいちゃうよ。最近、肌寒い夜も増えてきたんだからさ」

 その声に反応して愛歌が顔を上げた。その先には寝巻き姿の真夏のシルエットがあった。

「真夏……」

「ほら、声ガラガラじゃん。っておわ、どーしたの?」

 真夏が話しながら電気を点けるとそこには、鼻水が垂れ、目は腫れぼったく赤い。その周辺を少し濡らしている愛歌がいた。

「泣いてたの?」

「……うん」

「……そ。あーもう、可愛い顔が台無しじゃん」

 真夏は近くからティッシュを数枚取り、そっと愛歌の頬を拭ってあげた。

「で? どうしたの?」

 ドアを閉めながら真夏は訊いた。

「え?」

「いやいや今更とぼけるのは無理でしょ」

 真夏は椅子を近くに持ってきて、逆座りをする。

「……」

 愛歌は一瞬悩んだ。

 ここで今日聞いた噂を話してしまうと、それはあの女子たちと何も変わらないんじゃないか、と。

「白となんかあったんでしょ? 見た感じ喧嘩とかじゃなさそうだったけど」

「……うん」

 しかし、どうしても一人で抱え込んではいられず、つい……。

「誰にも言わない?」

 とこぼしてしまったのだった。

「もち。あたしが友達との約束、破るやつに見える?」

「あはは。見た目って意味なら、見えなくはないと思うけど」

「うわヒド」

「でも信用してる」

 そんな軽口で少しでも気を紛らわせてから、愛歌は話す。今日学校で訊いた話を。

 愛歌は最初、真夏にも自分と同じような反応をさせてしまうんじゃないか、と思い不安になった。

「あー、なるほどね。まだあったんだあの噂」

「え?」

 でも真夏から返ってきたのはそんな、拍子抜けするほど軽い反応だった。

「まだ?」

「うん。あ、そっか愛歌は知らないよね。もう一年以上前からあるんだよ、白のそーゆー噂。で、時々再発するってゆーか。つい一ヶ月前にもあったかな」

「そ、そうなの?」

「うん。まあ高校生の中じゃ流行りそうな内容だからね。インパクトあるし。仕方ないよ」

 真夏はなんでもないことのように言った。

「で、愛歌はそれ、信じちゃったの?」

「ううん」

「じゃあどうしたの?」

「どうしたの、って。……わからなくなっちゃった……」

 正直に言った。

「何が?」

「白のことも。自分のことも」

「ふーん。愛歌でも、そんなことあんだねー」

「真夏は平気なの?」

「あたし?」

 真夏は一瞬だけ考えて、すぐに答えた。

「あたし馬鹿だからさ。自分の肌感で感じたことしか、ホントって言えないんだよ。愛歌みたいに難しいこと考えると、逆に嘘つきになっちゃいそう、っていうかさ。その場のテンションで生きてるとこ結構あって」

「……」

「もち、最初はちょっと警戒したけどね。少なくとも、あたしの前での白は、いいヤツじゃん? あたしはその白が嘘だとは思わない。だから、白を信じてるってより、そのあたしの感覚を信じてるかな」

 すごいな……。愛歌は心からそう思った。

 自分はそうはできない。

「とはいえ、あたしも中学の頃の白を知らないんだよね。本人があんまり話したがらないし。本当は噂通りの奴だったりして」

 イタズラっぽく笑いながら言った。

 きっと真夏自身はそう思っていないのだろう、ということがよくわかる。

「あんたら二人ってよく似てるよね」

「え」

「頭はいいのに自分自身にだけは不器用なトコ」

 急にそんなことを言われて驚いた。

「気になるなら聞いちゃえばいいじゃん、噂のこと。最初は話したがらないかもだけど、どうしても知りたきゃ教えてくれると思うよ。もちろん、心の整理がついてからね」

「うん……、そうだね」

「それまではまあ、あたしがなんとか、適当なこと言って誤魔化しておくよ」

「……ありがとう」

「案外、大したことなかったりしてね」

「うん……」

 しかし、愛歌がそのことを白に聞くまで、一週間近くかかってしまうこととなる。その間も雨はまるで世界を閉ざすかのように、毎日のように降り続いていた。

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