突き刺さる噂
雨が葉や窓を叩く音だけが、教室を満たしていた。
放課後の教室には、もう生徒の声がほとんど残っていない。黒板の白い文字も、湿った空気に滲んで見えた。
今日は金曜日。「家に帰ってみんなを迎える準備をしないと」と愛歌は帰る準備をしていた。
(雨が強くなってきているし、お風呂の準備もさせておいた方がいいかしら?)
などと考えて、家の雑務用AIに連絡しようとしていた時のことだった。
「瀬里賀さんさ」
「はい?」
話しかけてきたのは、白がよく「一軍女子」って呼んでいた三人組だった。愛歌がこの学校に転入してきた頃に、学校を案内してくれたりした人たち。
プライドが高そうなリーダーっぽい子と、髪を指で巻いてる子と、笑い方にちょっと毒がある子。そんな感じだったと記憶している。
「青鏡くんと最近仲良くしてる、って聞いたんだけどそうなの?」
「ええ。とても良くしていただいていますよ」
正直に答えた。
「えー、あいつは絶対やめといた方がいいって! 見るからに陰キャじゃん! 愛歌さんとは合わないって」
「その陰キャというのが何なのかは、とんと存じ上げませんが」
もちろん知っているが、愛歌は笑顔でとぼけながら言った。
「とても素敵な方だと、私は思っていますよ」
これまた本心を言った。
「好きなんですか?」
「へ?」
その言葉で愛歌は、ぼっ、と顔が熱くなっていくのを感じた。
「え、冗談のつもりだったのに。マジ反応じゃないすか」
「えーマジぃ!?」
そう指摘され、さらに顔が熱くなっていくのを感じた。
(いやいやいや、違うから! 白はその……、そう、友達で、バンドメンバーで! 一緒にいるとちょっと楽しいし嬉しいけれど……。あれ? それって……)
「ぜーったい、青鏡くんはやめた方がいいですよ! ね?」
愛歌が心の中でぐるぐると葛藤していると、そんな声が耳に入ってきた。
「え?」
「だってぇ、中学ん時、プールの時に女子のパンツ盗んだことあるって聞いたよ!」
「………っ????」
「えー、まじぃ? サイテーじゃん!」
困惑する愛歌を他所に、女子たちは話を進める。
「まじまじ! それがバレて不登校になったって話だよ」
「あ。あたし、人を死なせたって聞いたことあるよ!」
愛歌の心臓が一瞬、止まった気がした。
「あー、それね。同級生をレイプして妊娠させて、それで自殺しちゃったんだって。教室で首吊って」
「えー、やっばぁ。女の敵じゃん。悪魔だよ悪魔」
「そんなのが同じ教室って最悪だよね。吐き気がしちゃうっていうか」
「あ、じゃあ、殺しちゃう? 階段から落とせば事故ってことで死んでくれんじゃね?」
ドッドッドッ。
——愛歌の心臓の音だけが、鼓膜の内側で響いていた。
そのほかの音は、まるで水の底に沈んだみたいに遠のいていく。それでも彼女たちの話し声だけは、はっきりと聞こえてしまっていた。
「確かにー! だーれもあいつのことなんて気にしてないし、生きてたって死んでたって変わんないでしょ!」
「ってか、悪魔討伐した英雄でしょ、うちら」
「ちょっとやめなーよ。あたしらがそんなことしたら、あいつと同類になっちゃうじゃん」
「確かにそっかー」
「勝手に死んでくれたらいいのにね」
残酷な言葉が、軽々しく飛び交っていく。
「……ごめんなさい」
愛歌はそれに耐えられず、その三人から逃げるように飛び出した。
(どういうこと? 嘘、だよね……!?)
愛歌はわかってる。今回の話に事実だと断定した言葉は一つも出てきていない。どれも噂にすぎないものだ。どれもくだらないと一蹴してしまえばいいものだ。
でも愛歌と白はまだ、出会って二ヶ月も経っていない。それまでの白を何も知らない。それだけで全てのことがわかった気になどなれない。
完全に信用していいかなんて……。
(わからないよ、白!)
心の叫びすらも、雨の音に飲み込まれていった。
世界の輪郭が、少しずつ滲んでいく。




