束の間の休暇
練習を始めてから数週間が経った。その頃には、皆の顔にも少しずつ疲れが見え始めていた。
次の月曜日はスポーツの日で休日。つまり今週末は三連休だ。
だからなのかはわからないが、愛歌がこんなことを言い始めた。
「チケット取ったから、みんなで行こ」
とどこからかロックフェスのチケットを持ってきたのだ。
そのため、朝早くから地方まで遠征することになった。アーティストの中には、よく耳にする有名な人たちもいた。
「参考に……、できるかどうかはわからないけれど、いい刺激にはなるでしょ?」
と愛歌が言っていた。
実際、生の音楽を摂取するのは悪くなかった。
スピーカーの重低音が腹の底を鳴らすたびに、「音楽って、生きてるんだな」と思った。
「すごかった! ドラムって実際に聞くとあんなんなんだな!」
特にはしゃいでいたのは陽だった。どちらかというと、能動的に自分が動くことしかやらないタイプだから、オーディエンスとして何か聴くみたいなイベントとかには、あまり行ったことなかったんだろう。
俺を含めたみんなにとっても、すごくいい刺激になったと思う。
フェスの後、愛歌が予約していた温泉宿に泊まった。愛歌が日本の温泉に入ってみたいと言っていたためだ。
とはいえ、下半身が不自由な愛歌にとって、大衆浴場のような形式のところは難しい。故に、バリアフリーの旅館かつ客室露天風呂のあるところを選んだ。
もちろん男と女は隣同士の別の部屋だ。前に陽の家に泊まった時みたいなのは、心臓に悪いから2度とやめていただきたい。
「いくらうちらが可愛いからって覗いたりしちゃダメだかんね」
と真夏に言われた
(そもそも現実の旅館って覗ける構造じゃないだろ)
と思った。
しかしそれを指摘しようものなら、「へー、じゃあ、覗ける構造だったら覗くんだ」などと、からかわれること請け合いなのでやめておいた。
部屋に入って荷物を置き、露天風呂で汗を流した。
「真夏が愛歌の体洗ってあげるのかな」
ぼーっと茜色の空を眺めていたら、急に陽がそんなことを言い始めた。油断していたこともあり、ついその様子を想像してしまい、一瞬顔をお湯に沈めてしまった。
「っていやいや、別に足が動かないだけなんだから、体は自分で洗えるだろ」
足先とかまで行けるのか、とかはわかんないけど。
「でも服を脱ぐのとか、湯船に浸かるまでとかは手伝うわけだよな。大変だな」
さらにそれを想像してしまう。
「……………………そうですね」
はあ……。おそらく陽の気質的に本気で、大変だな、という思いから言っているんだろう。
しかし、こっちは想像するだけでも目に毒だからやめてほしい。と思ったのと同時に、胸の奥に、言葉にならないもやが残った。それを、誤魔化すように、湯気に混ぜて息を吐いた。
風呂を出て少し体を休ませたあと、愛歌たちと合流して懐石料理を食べた。こういうの食べたの初めてなんだけど、美味しいというのと同時に、なんかすごいお高い味がしたのを覚えている。
愛歌がここを予約してくれて、言われて渡した宿代、こんな大層な料理食えるほどの値段じゃなかったんだけど……。まあ、考えるのは野暮かもしれないな。
その晩は、どうしても愛歌の浴衣姿が頭から抜けなかった。
翌日からはまた、練習漬けの日々になった。
そして気づけば、文化祭までもう一ヶ月と少しになっていた。




