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青春の被害者たちのラブソング  作者: 竹湧綺 / Take You-ki
第二楽章:アオハル・エスプレッシーヴォ
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瀬里賀邸

 土曜の朝、夏の空気が少しだけ緩くなったように感じた。

 その日俺たちは愛歌の招待を受け、その邸宅に向かっていた。

 最初は車を手配するなどと言われたのだが、毎回それになるのとか、親への説明とか面倒だし、遠慮することにした。普通に、電車と徒歩で向かうことにする。

 陽、真夏と待ち合わせして電車に乗った。

 陽たちの最寄りの西朝露《にしあさつゆ》駅から、俺の最寄りの朝露《あさつゆ》駅、春村《はるむら》駅、高校のある秋波《あきなみ》駅と、西から東に続く路線。春村駅で乗り換え、愛歌の家のある玖国山駅へ向かう。そこは玖国山という市指定の緑地保全区域の前に建てられた駅で、他の四駅に比べて田舎を感じるエリアだ。駅を出ると、アスファルトの匂いより先に、土と草の匂いが鼻に届いた。

「何これ、お城?」

 改札を出て、少し緑地を歩いていったところで、ケースに入ったベースを担いでいる真夏が呆然と立ち止まり、そんな声を漏らした。

 高い外壁が延々と続き、風に揺れる木々の緑がその向こうを隠していた。壁の向こうに何があるのか、想像することすらできない。

 数年前に潰れた遊園地の跡地、そこをまるまる買い取ってしまったのが愛歌の家だ。

 約20ヘクタール、東京ドーム四個分以上という個人の家にしてはあまりに広大な敷地面積、そこ全てを囲ってしまっているのだから、お城かと勘違いするのも無理ないというものだ。

 正面の門の前まで歩き、そこにあったインターホンを押す。すると近くのスピーカーから、少し人間味のある機械音声が響いた。ほんの少し柔らかい女性の声色だった。

『ようこそお越しくださいました。来訪応対用言語インターフェースAI・マヤがご案内いたします』

「なんて?」

 真夏が眉をひそめる。だが、マヤと名乗る声はそのまま続いた。

『安全のため、生体情報の確認を行います。数秒お待ちください』

「え、なにそれ」

 言い終える前に、壁の隙間から光線が放たれ、全身をなぞるように走る。かすかに空気が震えるような音がした。

『スキャン完了。青鏡白様、空音真夏様、唯原陽様、のご到着を確認しました。皆様はVIPゲストとして承認されています。どうぞ、お入りください』

 最後の一言の直後、門の横の扉の鍵が解錠される音がした。

「…………」

「…………え?」

 急にシーンとしてしまい、俺たちはそこで立ち尽くしてしまった。

 ピロン。

 スマホが鳴る。確認すると4人のグループラインにチャットが来ていた。

≫何しているの? 入ってきていいわよ≫

「えぇ……」

「ここ入ってくの?」

 真夏も同じこと思ったらしい。

「何してんだよ。早く行こうぜ」

 そういってギィと扉を、陽が開けた。

「よく行けるね。あいつは……」

「本当にな」

 俺たちも陽に続いた。


 門をくぐると一気に視界が開ける。

 そこにはまるで、別世界のような光景が広がっていた。

 正面にまっすぐ延びる石畳の道、その両脇を覆うように広がる緑の段丘。丘の起伏は穏やかで、どこか人工的な規則性があった。それもそのはずだ。もともと遊園地だったんだから。

 その名残もあってか、緑地の中なのに木が少ない。茶畑みたいに、人工的に並べられた低木ばかりだ。

「……ひっろ」

 真夏が小さくつぶやく。俺も息をのんだ。

「住む世界が違うってこういうことなんだろうな……」

「いやもうホント、文字通りね」

 視線の先の丘の上に白い建物が見える。三階建ての大きなお屋敷だった。

 それこそお城みたいな大きさなのに、広いこの敷地内にあると、ポツン、とした印象を受ける。

「あそこ、確か観覧車があったとこだよね。ほら、その下にバイキングがあったとこ」

「あー」

 真夏に言われて思い出した。確かにそんなんだった気がする。

 サササ、と近くの葉を揺らしながら風が通り過ぎていった。

 視界いっぱいに庭園が広がっていて、風の通り道さえ設計されたような静けさがある。

 風が通るたびに草の波が起こり、空気が緑の匂いを運んでく。

 そんな静かな道を歩いていった。

 近くに来てみると、屋敷は屋敷でやはりデカかった。博物館だと言われた方が信じられる、そんな洋館だ。

『お疲れ様でした。中へお入りください』

 またマヤの声が聞こえたかと思うと、玄関が音を立てて自動で開いた。

「…………」

「…………」

「? なんでまた二人は止まっちゃうんだ?」

 陽が不思議そうに聞いてくる。

「いや、ちょっと怖いなって」

「なんで?」

「ドラキュラとかいそうじゃん」

 と陽の問いに真夏が返していた。

 ドラキュラは言い過ぎにしても、日本人には馴染みがない雰囲気すぎて、ちょっとだけ入るのを躊躇してしまったのだ。

「お邪魔しまーす。うわ、天井高っ」

 真夏が声を漏らす。

 中に入るとまず感じたのは、ふかっとした感覚だった。廊下の床が絨毯だったためだ。

「これ土足でいいんだよね?」

「下駄箱があるわけじゃないし、いいんじゃないか?」

 聞いてきた真夏にそう返した。

 中に入っていくと、メインホールから左右に廊下が伸び、二階へと続く階段が見えた。

『二階西側最奥にて愛歌様がお待ちです』

 音声案内に言われるまま、その洋館の中を歩いて行った。

 そして辿り着いた指定された部屋の扉だけ、どうにも空気感が違った。鉄製だし重い。

 厚い扉を開けると、狭い空間がもうひとつ現れた。

 壁一面が吸音材で覆われ、ドアの合わせ目には防音パッキンが見える。劇場のホールやスタジオでよく見る「前室」だ。

 そしてそこには下駄箱があって、床の質が変わったところに土足厳禁と書いてあった。

 靴を脱いでもうひとつ先の扉を開けると、そこは広めの音楽スタジオになっていた。

 そこでキーボードを弾いていた愛歌が演奏を止め、振り返って言った。

「もう、遅い! 何をやっていたの?」

 どうやらこのお嬢様は、俺たちの到着が遅かったことに、大変ご立腹のようだ。

「え? これ、家に作ったの?」

 謝罪よりも前に真夏は、そんなことを聞いてしまっていた。

「ええ、言ったでしょう。練習場所を提供するって」

 どう考えたって、家に作るレベルのものじゃないけどね。

「アンプなどの機材は学校で使用されるものと、できるだけ同じのを用意してあるから。ドラムも似たセットを組んであるわ」

「うおー! すげー! カッケー!」

「でしょう?」

 陽はテンションが上がっている。

 対する俺と真夏は唖然……、というよりかはドン引きだった。

 そして愛歌は、陽と同じく心なしかいつもよりテンションが高かった。おそらく友達を家に招いたことが初めてなのだろう。遅くなっちゃったのは、少し悪いことをしたかな。

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