十五夜
(いや、寝れるかぁ!)
いくら布団離してるからって、同じ部屋で女子が寝てるって異常事態に、なんも考えずグースカ寝れる男なんてそういないっての。
ってか、真夏に危機感の三文字はないのか?
(あー、ダメだ。一旦頭冷やしてこよう)
そう思い立ち上がった。
ふと横を見ると、グデーっと寝相悪く、床に転がっている真夏がいた。だが今は、ゆるんで露になっている胸元すら目に毒だ。奥の愛歌さんはお行儀よく寝息を立てていた。
廊下に出て雨戸を開け、縁側に腰をおろした。
ぬるい風が体を通り抜けていくような、そんな夜だった。空を見ると満月のように見えた。
「十五夜か」
などと思った。
「十五夜ってなぁに?」
その声の方へ振り返ると愛歌さんがいた。
「中秋の名月。この時期の月が一番綺麗に見えるって言われてて、ススキ飾ったり、それ見ながら団子食ったりするんですよ」
「あー、それで十五。太陰暦の。ススキはなんで?」
「稲穂に見立てて豊作を願ったり、神様が宿ったりとかって、色々と意味があるらしいですよ。っていうか、どうやってここまで来たんですか」
愛歌さんは車椅子から降りて寝てたはずだ。
「この車椅子には、私が乗るための機能もついているから」
「はー、なるほど」
どうやってなんて聞くのは、もう意味がなさそうだな。
「じゃあ、なんでこんなとこ来たんです?」
「あなたが起きて出ていったから気になったのよ。あなたはなんで出てったの?」
「あんな状態でまともに寝れるわけないでしょう……。だから頭冷やしにきたの」
そう言うと愛歌さんがクスクスと笑い始める。
「なんだよ」
「あっははは。ごめんなさい。ただ、あまりそういうことに興味なさそうに見えて、ちゃんとあったんだなって。えーっと助平心っていうのかしら? そういうのが。安心したというか」
「そりゃあ、健全な男子高校生ですから? 少しはありますよ」
「ふふふ、そうよね。ごめんなさい」
はあ……、なんかすっごい恥ずかしい。
「じゃあ、結婚願望とかもあるの?」
「それは飛躍しすぎじゃないですか? 高校生でそんなこと考えらんないですって」
「えーでも、こういう人がいい、とかあるでしょ?」
いたずらっぽい笑顔で聞いてきた。
「……なんていうか、友達とか、恋人とか、婚約者とか、夫婦とか。そういう他人が勝手に名前をつけたものじゃない関係性になれる人がいたら、きっと結婚したいって思うんだと思いますよ」
なんとなく思ったことを言った。
「…………」
「…………なんすか」
聞いておいて黙った愛歌さんに話しかけた。
「ううん、面白いことをいうんだなと思って。それ、私も今度から使おう」
そう笑いながら言った愛歌さんが隣にきた。
「今日すごく楽しかった」
少し沈黙が流れた後、愛歌さんがポツリと口にした。
「何がですか?」
「友達とご飯行ったりとか、作ったりとか、お菓子やジュースを口にしながら話すだけとか、友達の家に泊まったりとか、みんなで同じ部屋で寝たりとか……。そういうの全部初めてで、すごく楽しかった」
「それ、真夏に言ってあげてくださいよ。企画したの全部あいつなんすから」
「ううん。あなたが引き合わせてくれなかったら、きっとこんなことにはならなかった。だから、あなたのおかげでもあるわ。だからお礼を言いたくて」
「そりゃどうも。楽しんでくれてるなら良かったですよ」
ただ唯一の友達を紹介しただけで喜んでもらえたのなら良かった。
「うん。今、毎日がとても楽しい」
「そうか」
秋の夜風が体を包んでいく。
「あの」
「なんです?」
「……」
何かを聞こうとして、愛歌さんが言い淀んだ。
「ううん、えっとその、そう。あなたって、私に対してだけまだ敬語よね。さん付けだし」
「愛歌さんだけってか、真夏以外の女性には、みんなこんな感じというか」
「へぇ。真夏だけは特別なんだ」
愛歌さんがちょっと拗ねたように言った。
「いや、そうじゃなくって」
はあ、この人と話してると調子狂うな。
「女性がちょっと苦手なんですよ。ただそれだけです」
「でも真夏は大丈夫なのよね」
「まあ」
「じゃあ、私も同じようにしてよ」
綺麗なエメラルドグリーンの瞳にまっすぐ見つめられると、返事に困った。
「あーはいはい。わかりまし……、わかったよ。これでいいか?」
「うん!」
なんだかんだ距離を縮められたこと自体は、良かったのかなと思った。
風が木々を撫で、葉のこすれる音がやけに耳に残る。
月の光が縁側の木目に落ちて、そこだけ薄く滲んでいた。
風が止み、ふと呼吸の音だけが近くに残った。
不思議とそこから、しばらく動きたくないなと感じていた。




