1. アスフォデルのまともな一日 (5)
「返事は?」
しかし有栖 あらはそんなことには関心がなかった。掴んだ服の襟が破れそうになったので首を直接手で掴んだだけで。
「離れ、離れないのか!?」
軍用に近い義体を移植した敵は、自分の筋力でも外れない腕に驚愕した。軍用義体の筋力増強なら、ジムの全てのプレートを持ってきても持ち上げられるはずなのに。
「何、何!?」
「聞いたじゃないか!」
「?????」
掴まれてもがく敵が息が詰まる最中に分からないという表情を見せた。
「そんな危ないものを向けたらいいんですか、ダメなんですか?」
敵を交互に見ながらもう一度聞いた。しかし捕まった敵たちの顔が青く変わっていって、結局ぐたっとうな垂れた。
「ああ。そうだな。首を掴んだら返事ができないよね。」
死神と対面中なら当然返事は難しいだろう。有栖 あらは掴んでいた敵を後ろに投げ、他の敵たちを見た。
「ドン」
とんでもない重量の体が壁とぶつかると轟音が響いて壁がへこんだ。建物全体が揺れるほどだった。
「私みたいな女の子にそんなのを向けたらいいんですか、ダメなんですか?」
ギャングは完全に呆れ果てた。銃を向けているが、さっき通じないことを確認した。近接戦闘に持ち込んでも有栖 あらみたいに300kgを超える人を片手で投げ飛ばせる者はいなかった。
「おい!武器を出せ!」
「一気にやれ!」
「くそ、私のハンマーどこだ!?」
すぐに敵たちは態勢を整えて有栖 あらに近づき始めた。人体感知センサーの向こうで見ていたアベルも小銃をしっかり握って敵たちの左目の瞳孔を狙った。
「集まる前に仕掛けなくていいの?」
「え?心配してるの?」
アベルはそうだと言おうとして、有栖 あらがあまりにも明るく笑っているのを見てため息をついた。なんとなくこれで揶揄われる気がして。心配して損をした。
「今回の仕事は私のテストも兼ねているんでしょ?この程度はできるって教えないと私のことをちゃんと分かってもらえないでしょ!」
とんちんかんな言い方ではあるが正しい言葉だった。実戦でテストをするのはいつも注意が必要だが、実戦でしか得られないデータもあるから。
「分かった。本当に危なかったら言えよ。それまでは狙撃手程度だけ処理するから。」
「分かった!」
その間に敵たちは有栖 あらを半円形に取り囲んだ。ナイフ、槍、ハンマー、斧、ハルバード、つるはし、野球バット、鎌、棍棒から、歪な形の杖や棒、三角ホーまで登場した。
「それで、いいのか、ダメなのか答える人が誰もいないな。お日さま組の子たちはみんな欠席ですか?」
有栖 あらが揶揄うように言いながら笑ってみせた。人を投げ飛ばした時の笑顔と同じ笑顔だった。
「うわあああああ!」
恐怖を乗り越えるための雄叫びが聞こえた。それをきっかけに全員が有栖 あらに向かって突進した。
「ブウン」
振るったのは敵が先だったが、有栖 あらの拳が先に突き刺さった。左腕の義体で一番左にいた敵の顎を砕き、頭を掴んで引き寄せた。
「カン!」
だから野球バットは有栖 あらではなく敵の頭を叩いた。それに続いて刃物と鈍器が背中を掠めていった。仲間を攻撃したのでみんな驚いて行動が固まった。有栖 あらはそれを逃さず両手で掴んだ者を振り回した。
「ドーン!」
人と人がぶつかったのに、聞こえるのは鋼鉄の摩擦音だった。生まれ持った肉体より義体の割合がずっと高いのだから不思議なことではなかった。
逆に、だから有栖 あらが人の半分壊れた頭を掴んでぐるぐると回すのは脅威だった。1.5メートルを超えて、義体込みの重量が200kgを超える鉄の塊が回転しているのだから。
「ブウウウン!」
半回転してから手を放した有栖 あらはすぐに右の敵に向かって突進した。当然、敵はじっとしておらず、刃物を斜めに振り下ろした。
「テン」
有栖 あらは余裕で両手で刃を掴んだ。敵は驚いて刃を引こうとしたが、有栖 あらが手を食い違えるように掴みながら体を捻ると、すぐに刃が折れた。
「さあ、プレゼント。なくさないようにちゃんと持っていてくださいよ?」
「うわああああ!
太腿に刃が刺さった敵が叫びながら後ろに這って逃げようとした。太腿全体を代替した義体を貫通して刺さったのだから痛みは計り知れないだろう。電気系統の異常でスパークも散っているし。
しかし有栖 あらはまた倒れた敵を拾い上げた。
「カン!」
せめて頭に野球バットが当たったのが幸いだった。気絶していればもっと痛いことは感じなくていいのだから。
「あらあら。仲間を大切にしないといけないよ。」
有栖 あらが伸びた敵を投げると、仲間を避けようと動いた。そのすきを逃さず有栖 あらは蹴りで近くの敵の顎を打った。頭を低くして避けようとした敵が顎を打たれて頭が回り、結局床に倒れた。
「うわあ。岩頭……」
有栖 あらが文句を言いながら初めて顔をしかめた。岩ではなくチタニウムだから当然足も痛いだろう。しかし倒れた敵の頭は天井を向いていた。頸椎の部分が折れたのだから首から下は動くこともできなかった。
「ブウン!」
「私は野球ボールじゃないよ。」
有栖 あらは体を後ろに倒して野球バットを避けた。そして大きく前に踏み出しながら右手で敵の人中を打った。すぐに膝で立つと、ぼんやりした表情で有栖 あらを見上げた。
「疲れているみたいだね。少し寝なさい。」
打ち上げる拳が顎を打った。すると敵の頭が木の天井とエアコンを壊した後、挟まった。
「かなり疲れていたみたいだね。横にもならずに寝るの?」
あらあら、と付け加えた有栖 あらは床に落ちていた野球バットを拾った。思ったより軽い感触に驚いたように宙に何度か振ってみた。
「……なんだ、あれは。」
「あの子のことを知っている者はいないか?別のギャングか?」
「おい!火炎放射器を持ってこい!」
「ボスは何をしているんだ!?」
ギャングは非常事態になった。突然入ってきた一人——しかも幼く見える女の子に全員やられたという話が広まったら商売を畳まないといけない。命だけでも助けようと思ったら今すぐ別の都市に逃げないといけないだろう。「大したことないな」と思われたら命も守れない。
「それでも小粒な女の子じゃないか。出てこい、間抜けどもが。」
このギャングではそれなりに名の知れた奴が2階から下りてきた。
「わあ!叩きつぶせ!」
「肉片にしろ!」
300kgを超える重量が動くたびに床が揺れた。特に左腕は鉱山や掘削施設で使う工業用装備に近かった。部分的に外体が実装されていて、長時間使用するには無理が生じるほどの筋力補正数値を誇っていた。そんな左腕が有栖 あらに向けて高速で繰り出された。しかし……
「メキャ!」
「うん。私はちょっと小さくてかわいいかな!」
その小粒な女の子がアルミニウムのバットを振るった。肘から下が消えた。スパークを散らす電線がかろうじて何かがあったと知らせる程度だった。分解して散った義体の部品が散弾のように壁に刺さった。
「うわわわわわわ!?」
「これはちょっとどうかな。アルミニウムというのは意外と弱いんだね。野球ボールを打ったら曲がるんじゃないの?」
有栖 あらが悲鳴を無視しながら文句を言った。アルミニウムのバットの真ん中の部分に大きな穴が開いて、90度ほど曲がってぶらぶらと垂れていた。ちゃんと使うのは難しそうだ。
「ああ。なんとなく少し軽いと思ったら中が空洞なんだね?知らなかった。」
有栖 あらが開いた穴から野球バットの内部を覗きながら言った。そして壊れたバットを未練なく捨てた。もとから自分の物でもないから。
それ以降、残りの敵を片付けるのはさほど複雑ではなかった。みんな恐怖に駆られて有栖 あらに向かって考えなしに突進してきたから。近づいてくる敵の人中、みぞおちなどの急所に拳を突き刺すことで全員片付けられた。
「ふーん……」
最後の一人はどうせ捕まえて情報を引き出そうかとも思ったが、意味はなかった。すでに作戦の目標は全部立てられていたし、情報はアベルが全部持っているから。
「お日さま組の友達は欠席だね!」
「……お前が欠席にしたんじゃないか。」
アベルは初めて有栖 あらと会った時に言われた言葉を思い出した。
「アラはお日さま組の子供ですよ。」
その言葉がこんなに薄気味悪い意味だとは全く思っていなかった。
そんな気持ちを知ってか知らずか……誇らしげな顔の有栖 あらが一度頷いて階段を上り始めた。
2階には刃物を使う敵たちがいた。義体より武器と技術を主にした敵たちだったが……
「はっ。」
有栖 あらは1階より更に精巧で素早く避けながら武器を捌いた。短く切るような打撃系の攻撃で敵たちを制圧した。照準装置の向こうから見ているアベルが驚くほど機敏だった。
「停止。」
「え?なぜ?」
手についた血をさっと拭いながら階段を上っていた有栖 あらが聞いた。どう考えても止める理由がなかったから。
「3階は武器庫だよ。それと、たぶん信管が差し込まれた爆薬があるみたいだけど。」
「ああ。じゃあ4階から行く?」
「さあ。あなたがよく判断してみなよ。私より持っている情報の方がずっと多いじゃないか。」
有栖 あらは頷いて3階の廊下を無視したまま階段をさらに上った。
「有栖 あら?4階はなぜ無視するんだ?」
「壁だよ?ただのコンクリートの壁だよ。」
手のひらで壁をぱしぱしと叩きながら言った。ホログラムや幻影でもなく、ちゃんとしたコンクリートの壁だった。
「4階は大したことないけど……壁に鉄は使っていないみたいだな。鉄骨が見えない。じゃあ5階に行くの?」
「うん。5階には人がいるんでしょ?」
「うん。ボスと……三、四人くらいいるみたいだ。大きな執務室の形だよ。」
「お月さま組の子たちに会いに行きますよ♬ チャカチャカ……」
さっきはお日さま組で今度はお月さま組か。アベルは日月の昔話が思い浮かんで苦笑いを浮かべた。次はどんな組が出てくるのか。
「わあ!お月さま組の子たちは数が少ないな。先生はのんびり仕事できそうだよ!」
扉を開けて入るや否や有栖 あらは三人を見ながらそんなことを言った。真ん中にボスらしい人物がタバコを吸っていて、両脇に大きな塊がいた。どう見ても幼稚園の子供たちとは程遠かった。
「……気が狂ったのか。」
携帯を通じてボスの言葉を聞いたアベルもうなずきそうになった。悪口ではあるが、的確な言葉だ。
「悪い言葉は!ダメですよ!」
有栖 あらは右手を茶目っ気たっぷりに上げてゲンコツを食らわせそうに近づいた。本当に幼稚園の先生が子供を叱ろうとする姿勢だった。
「おい、子供をどう育てたんだ。あんなやつに俺たちが全員やられたら……これから何を食べて生きていけばいい。」
ボスはため息をついて両手で顔を覆った。どう考えてもこの件は噂が広まるだろう。企業や政府の戦闘要員でもなく、せめて警察や特殊部隊でもなく——女の子一人にギャングが全員やられてずたずたにされた。もう誰がこのギャングを恐れるだろうか。
「とりあえずあの女を捕まえて損害から埋めてもらって、それから考えましょう。」
ボスの左にいるギャングがため息をついて言った。
「そうだな。お前の言う通りだ。とりあえず捕まえて縛り上げてから考えよう。」
「腕の一本くらいは引き抜いていいですよね?」




