1. アスフォデルのまともな一日 (4)
「うん。あなたが正面から叩いて壊す間に私が補佐する。潜入なしで、宣戦布告した後に正面から叩いて壊すのが作戦だよ。」
アベルは有栖 あらの義体データを十分に調べていた。外体なしでも、有栖 あらそれ自体が歩く軍事機密だった。各種プロトタイプ技術が奇妙なバランスを保っていて、大半はアベルが解読することもできなかった。長期的なプロジェクトが必要になる。
「さっきも言ったけど、これはあなたの義体のバランスのためにも必要だよ。戦闘時のDNI使用と身体活動のデータを集める。それをもとにDNIと各技術を推測してバランスを調整するんだ。嫌なら今言って。」
有栖 あらが心配で言った言葉だが、当の本人は首を傾げていた。位置データから義体の動作、ホルモン、ストレス、臓器の数値まで全部集めるということだから。人によっては抵抗感を覚えるのは当然だった。
「関係ないよ!私はアベルに隠すことなんて何もないもの?」
頷いたアベルは携帯を操作して有栖 あらのDNIに仕込んだプログラムを作動させた。
「そう。私はここで狙撃支援をする。必要なものは?」
有栖 あらはふっと笑うと首を横に振った。まだ慣れていない左腕を大きく一度回してからストレッチをした。
実はアベルはいろいろと準備していた。レンガと鉄筋コンクリートでできた建物だから、超音波とセンサーを使って内部の人員や位置をリアルタイムで把握できた。敵の武装レベルとトラップ、爆発物の位置も知ることができた。
敵の逃走経路と脱出路もあらかじめ調べてある。
有栖 あらが必要だと言ったら全部渡していただろう。しかし有栖 あらの点数はがくんと下がっていたかもしれないけれど。
「終わったら、あなたがなぜこの都市にいるのか教えてよ。」
明るく笑いながら言う有栖 あらの言葉に、アベルは少し躊躇した。
「分かった。あなたもなぜここにいるのか教えて。できれば私をどうやって見つけたかも。」
「それは簡単だよ。あなたにべた惚れな幽霊みたいな人がいたんだもん。」
有栖 あらの言葉にアベルは苦笑いを浮かべた。いったいどんなストーカーがついたのか。
「いったいどんな人間が……」
「あなたについて話す時は本当に恋した少女みたいだったよ。とにかくその人が教えてくれたんだ。」
「……それを知ってたら私の頬にキスはしちゃいけなかったんじゃないか?」
「ちがう!愛は勝ち取るものって言ってたよ!」
アベルはあきれて首を振った。一度一緒に寝たからといって愛を勝ち取ったと思うのはあまりにも飛躍しすぎじゃないか。好きな人がいると知りながらやったならさらにひどい。
「後でね!」
「おい、どこに……」
アベルが止める前に、有栖 あらは5階建ての建物の屋上から飛び降りた。
そしてアベルは有栖 あらの基本義体情報を思い出した。暗号化された情報を全部見ることはできなかったが。
[□□□□ 筋力補助システム - 最大増幅数値 □□。リミッター3段階。]
有栖 あらは自分の持つ筋肉の何倍もの力を出せるだろう。望めば脚の筋力を増幅させてビルを飛び越えることもできるはずだ。
だからアベルは小銃を手摺りに据えて狙撃の準備をした。
「お前は何者だ?どこから来た?」
入り口で小銃を持ってぶらついていた奴が有栖 あらを上から下まで舐めまわしながら聞いた。隣の一人は移植した眼球の設定を変えて有栖 あらの体を検索した。赤外線、紫外線、超音波、レーダーなどのセンサーが一度に有栖 あらをスキャンした。
「武器がない?」
なぜかは分からないが身体内部は確認できなかった。それでも本当に外に出ている武器が一つもなかった。着ている服も半袖に半ズボン——戦闘には適さない格好だし。
「うん。宣戦布告はもう終わったよね?」
「え?」
前でぶらついていた奴が消えた。有栖 あらが振るった左腕に当たって吹っ飛び、塀にぶつかったのだ。尾骨と中間の脊椎、頸椎に損傷が加えられた途端、ショックで意識が切れた。
「くっ……」
罵声を吐く前に有栖 あらの右手が口に突き刺さった。拳が唇と歯、顎を砕いて舌を潰したまま気道と控えめに挨拶を交わした。
「悪い言葉は!ダメですよ!」
有栖 あらは幼稚園の先生のように人差し指をひらひらとさせた。しかし彼女の右手はすでに男の口の中まで入り込んで歯と顎の関節を控えめに砕いた状態だった。
「悪い行動も!ダメですよ!」
驚いた敵が引き金を引くより有栖 あらの右手の方が早かった。
[メキャ!]
男の小銃が酢豚のタレに漬けた沢庵のようにあっけなく砕けると、有栖 あらがにこにこと笑った。
「さあ、危ない玩具は先生が没収しますよ。それと、拳を振るう悪い子は今日は『考える椅子』の代わりに床に寝て反省する時間にしましょう。
それから、良い子はもう寝る時間ですよ!」
「……まだ9時なのに?」
そんな考えは言葉になって出てこなかった。有栖 あらの蹴りが相手の顎を打って直接寝かしつけてしまったから。
「筋力補正を少し抑えないといけないな。指が痛い。」
リサイクルボックスから拾ってきた有栖 あらのスニーカーが重い鉄扉に触れた。
[ドーン!]
鉄扉が爆発するように内側に吹っ飛んだ。近くにいたギャングの一人がドアに当たって頭が潰れた。それでもまだ動いてスパークを散らしているのを見ると生きているだろう。正確には生き「ては」いるくらいだろうが。
「なんだこれ!?」
「侵入者!」
「銃、銃!」
1階のバーに集まっていたギャングたちは慌てて銃を探した。外にいた警戒要員も侵入者の横に倒れていたのだから、状況は明確だった。
「悪い大人はこんなもので遊んでは!ダメですよ!」
有栖 あらは指で一番大きな軍用小銃を指しながら言った。大型機関銃に入る小銃だった。
「他はいいの?」
ギャングは頭の中でいろいろと疑問が湧いた。有栖 あらがドアを壊したのかも分からないし、警戒要員を倒したと見るには細すぎる。やっていることを見ればどう考えてもただの子供だから。ギャングを急襲したのに手が空っぽ——せめて台所の包丁でも一本持っていなければ常識的(?)ではない。
「……夢なのかな?」
一から十まで理解できない状況だから、何人かのギャングはそんなことまで考えるほどだった。
「さあ、みんなで銃を下ろしましょう。そしたら少なくともひどいことは起きないから!」
幼稚園や学校の先生が子供たちを諭す口調だった。呆気に取られた何人かは中途半端な姿勢で拳銃を持ちながらためらいさえした。
「何しに来た!用件は!?」
「え?宣戦布告が届かなかったの?」
今度はむしろ有栖 あらが驚いた。そして窓越しにアベルがいた屋上を見ながら顔をしかめた。
「心配するな。ボスには言ったよ。あいつが無視しただけだ。それに映像通話には公証人として情報屋もいたよ。全部ぶち壊して構わない。」
有栖 あらの耳にアベルの声が聞こえた。DNIに直接アクセスしてデータを持ってこられるから、データを送信するのはさらに簡単なのだ。
「わあ!声がいい!これが電話ってやつだよね!?」
はしゃいだ声で喜ぶ有栖 あらを見て、アベルは思わずため息をついた。どんなに素晴らしい義体システムを搭載していても、今敵に包囲されている状況なのに。
「……集中してくれよ、少し。」
照準鏡で有栖 あらを見ていたアベルが言ったが、有栖 あらはにこにこと頷くだけだった。
「いや、本当に危ないんだけど?あいつらが持っている武器はしょぼいけど、近接戦闘がメインの奴らだから……」
「アラは大丈夫だよ!」
有栖 あらは大きな笑顔で叫ぶように言った。ギャングはむしろ独り言を言い始めた有栖 あらをさらに警戒しながら武器を向けた。
「恋をしてる女の子は無敵だもん!」
「ウウン」
巨大な電磁石が起動する音がした。有栖 あらが指定した二つの拳銃が宙を通って手に収まった。選択的磁場が発動したのだ。
「タタン!」
両手に一つずつ持った拳銃が火を噴いた。当たった敵は脚が崩れて倒れた。射撃の腕は今ひとつのようで、胴体を当てる程度だった。
「くそ!撃て!ぶっ潰せ!」
束の間の静寂が過ぎ去り、状況を把握したギャングが有栖 あらに向けて引き金を引いた。
[タカガガガカ!]
拳銃、機関短銃、小銃、散弾銃が火を噴いて各種弾丸を有栖 あらに浴びせた。一般的な状況なら当然蜂の巣にされるだろうが……
「くそ……何なんだ、いったい!?」
オレンジ色に大気を燃やしながら飛んでいくのに、直線ではなかった。銃弾の軌跡が曲がるのだ。以前アベルの作業場でも使った歪曲場だった。
「知らない!撃て!」
このギャングには訓練というものを知らなかった。だから味方が再装填する空白を埋めるとか、狙って正確に撃つという概念はなかった。ただひたすら全部撃ち込むだけ。
「カチッ!」
弾倉が空になって空打ちの音がした。みんな急いで慣れない再装填を始めた。
「私みたいにかわいい女の子にそんなのを向けたら……」
有栖 あらは敵が再装填している間にのしのしと歩いた。緊張感も、戦術的判断も何も一切ない歩き方だった。しかし近くの敵に辿り着くには十分だった。
「いいんですか、ダメなんですか?」
有栖 あらがギャングの胸ぐらを片手で掴んで持ち上げた。
「うわわわわわ!?」
持ち上げた敵は体の各所に義体を埋め込んで総重量が300kgに迫っていた。それなのに有栖 あらの細い腕に捕まって宙で暴れることになった。そして隣にいる仲間は左手に捕まった。
「!?」
ギャングはほとんどパニック状態だった。射撃より近接戦闘を気にするギャングだから体を使うのに慣れていて自信があった。だから有栖 あらの細い腕が人を一人ずつ持ち上げるのがいかに馬鹿げたことかは分かっていた。
「撃つ、撃つな!撃つなって!」
盾のように持ち上げられた敵は哀れに叫んだ。当然、敵たちは仲間を撃つわけにはいかないので射撃をためらった。




