2. 蝶(ちょう)と自由(じゆう) (20)
蝶と自由 (20)
「デッカード。迫撃砲。」
〔すでに準備は終わっています。〕
直後、車を一度大きく揺さぶる迫撃砲の反動——。
〔ドカン!〕
迫撃砲という武器自体、命中率は高くない。
だが、デッカードは一発で構造物へ命中させた。
待っていたかのようにアクセルを踏み込むアベル——阻止線の突破。
後ろから飛来する銃弾。
しかし大型の弾丸ではないため、ことごとく防弾板に阻まれた。
「運が良かったな。このまま北まで行けば、どこに一番最初にぶつかる?」
〔Bルートで行くなら、現れるギャングは'454'という名前を持つ組織です。〕
表情を歪める有栖あら。
アベルは小さく舌打ちをした。
それでも、アクセルから足を離しはしない。
「454……って、そんなにヤバい所なのか?」
何も知らないクルックスが二人に尋ねる。
ギャングの評判や活動など、知る由もない。
彼が無知なのは当然のことだった。
「454というのはただの数字じゃなくて、弾丸の種類だ。ディック・カスールとジャック・フルマーが1957年に開発した、11.5×35mmの弾丸を指す。かなり強力なマグナム弾だ。」
アベルは小首を傾げた。
常識や基本知識は不足している有栖あら。
だが、妙に武器の知識だけはしっかり持っている——。
「あのギャングはその名の通り、454 Casull弾を使う武器で武装している。反動がちょっと狂ったレベルだし、弾丸の値段も高いが、それが好きな連中みたいだな。情報力や周辺の掌握においては三流程度……
ただの町のチンピラと大きな違いはない。ただし、火力は無視できないな。」
都市を知り尽くすアベルが、ギャングについて教えてやった。
「三流なのに……火力が深刻なのか? 銃の威力がどれくらい大きいからって?」
心配そうな表情で尋ねるクルックス。
有栖あらは、困ったような笑みを浮かべた。
「……この車の防弾性能じゃギリギリだろうね。窓なら三、四発集中して撃たれただけで貫通する。防弾板は付けてるけど、100%の防御は不可能だろうし。」
だからこそ、アベルはこの経路を避けたかった。
距離的には一番近く、ギャングも少ない区域。
しかし、454マグナム弾を食らえば防弾板など瞬く間にボロボロになる。
弾丸自体は単発型のマグナム弾として開発されたものだ。
だが、自動火器の登場——。
今や一分間に120発をばら撒けるようになってしまったのだ。
「なら、今からでも引き返して……駄目だな。アスフォデルは川が多いんだった。」
クルックスも結局諦めた。
彼の言葉通り、今引き返せば最も近い橋まで戻る必要がある。
そうなれば、前後から敵に挟まれる——絶望的な包囲。
'だからランドール・ストリートは通りたくなかったんだが……'
心の中で愚痴をこぼすアベル。
だが、先程は他に方法がなかった。
ロケットまで使う敵——。
これ以上後ろにつけられていたら、今頃黒焦げになっていただろう。
完璧な包囲網の構成に、車両を利用した圧迫。
そして武装体系と到着時間。
それらを考えれば、おそらく政府のエージェントだ。
切り札を使ってでも、防ぐ価値はあった。
「今回は別に助けを呼べる人はいないのか?」
「いないさ。正面突破しかない。」
アベルは舌打ちをした。
勝算がないわけではない。
大型弾丸は、その大きさゆえに反動も大きい。
最初の一発さえうまく外れれば——。
次の弾丸からは目を瞑って撃つのも同然だ。
ただし、運任せの状況を作ってしまったこと自体。
それが、戦略的な失敗——。
もはや努力や戦術で克服できる状況ではないのだ。
〔アベル。速度を落としてください。30km/h以下でお願いします。〕
「計器盤がインペリアル単位なんだが。18.6マイルくらいか?」
激しく文句を言うアベル。
クソったれな米国式単位系め——。
これを作った英国でさえ使っていないというのに。
なぜ素直にメートル法を使わないのか。
〔適当に徐行する程度で構いません。〕
「で、なんで?」
〔私にできることがありそうです。少しだけ時間をください。〕
「……了解。」
一旦、速度を落とすアベル。
後ろからぴったり追ってくる車はない。
すぐに急ぐ必要はないだろう。
今はどんな助けでも必要な状況だからだ。
'どうせ政府のエージェントたちも、これ以上ここで作戦を行うのは負担だろうし……'
追跡するとしても、アスフォデルを抜けた後がせいぜいだろう。
アスフォデルという都市は、いくつものギャングの利権が絡む明確な縄張り。
ここで勝手に作戦を行うのは難しい。
それに、正規軍や行政力を動員する名分も立たない。
政府ができること——。
せいぜい、ブラック・エージェントか情報系のエージェントを無理やり投入する程度だ。
ギャングと全面戦争をする気がないのであれば。
'あのギャングさえ片付けられれば、都市から抜け出すことは可能だ。'
結果的に、まだギャングはすべて集結していない。
今のうちに都市を抜け出すのが上策——。
この状況で、454が決して甘い相手ではないにしても。
「有栖あら、射撃の準備。クルックス、あんたは椅子の後ろに隠れていろ。顔を出したら死ぬと思え。」
「わ、わかった。」
片手で扱える短機関銃を構える有栖あら。
アベルは、サイレンサーを外した拳銃を左手に握りしめた。
〔ギャングを無力化する方法があります。〕
「説明から頼む。」
〔敵の眼球セッティングがほぼ同一です。ホメロス社製の'カサンドラ'系統の眼球義体ですね。そして……〕
「俺が以前作っておいた義体プログラムの中に、カサンドラもあったな。緊急整備コードか? それともウイルスか?」
〔彼らは通信のために近距離ネットワークを構成しています。以前アベルさんが作っておいたウイルスを基礎に再構成してみました。どれくらい通用するかは未知数ですが。〕
アベルは顔をしかめる。
そして、真剣に悩み込んだ。
デッカードのウイルス作成能力は未検証だ。
近距離ネットワークに入り込めるほどの性能なのか。
個人の義体OS(Operating System、オペレーティングシステム)のファイアウォールを突破できるのか。
何もかもが不確実——。
さらに敵が複数の義体を使用している場合、プログラムの衝突や重複もあり得る。
ウイルスが正常に作動しない可能性すらあった。
不安要素は限りなく積み重なる。
しかし——。
「いいだろう。タイミングは任せる。有栖あら、腕だけ出して消極的に撃て。」
アベルは仲間を信じてみることにした。
車の窓枠に腰掛けようとする有栖あら。
だが結局、また助手席に座り直す——。
「うん。よろしく頼むよ、デッカード!」
〔実戦は初めてです。緊張しますね。〕
実体もない情報生命体が緊張するだなんて。
少し種族差別的な考えかもしれない。
それでも、アベルはクスッと笑った。
「迫撃砲の制御は? そこまで演算するリソースがないなら俺がやるが。」
まだ射撃範囲までは少し残っていた。
小型の迫撃砲であり、トラックに積まなければならない。
そのため装薬の量が制限される——。
仕方なく、射程距離が短くなっていた。




