2. 蝶(ちょう)と自由(じゆう) (17)
蝶と自由 (17)
[ズドンッ!]
すぐに防弾ガラスが粉砕された。
中にいた運転手の頭が吹き飛ぶ。
アベルが撃ったのは、小さな鉄の玉が広がる散弾ではない。
一つの鉄の塊が発射されるスラッグ弾——。
容易く防弾装備を貫通したのだ。
「クルックス! 大丈夫か!?」
「大丈夫!」
首を押えてはいるが、どうやら無事なようだ。
有栖あらは目の前がよく見えないのか。
血が滴る目を、絶えず瞬きさせていた。
「有栖あら。大丈夫か?」
アベルはすぐにアクセルを力一杯踏み込んだ。
後続車との距離を推し量る。
間もなく、拳銃の交戦距離以内に入ってくるだろう。
「あ、うん。ごめんね。眼球も義体だからか時々(ときどき)こうなるの。焦点がおかしいわ」
「つい今朝も調整したのに……」
「戦闘用の代謝システムを久しぶりに使ったからじゃないかしら?」
有栖あらの推測に、アベルは舌を打つ。
'ああ、そうか。こいつはずっと外部義体を使っていたんだったな? 今も着用中だし'
外部義体は、さっきクルックスを捕えに行く時から使っていた。
既にホルモン異常を訴える体。
それを再び絞り出したのだから、反動も凄じいはずだ。
おまけに今は整備をしているわけでもない。
どのホルモンがどれだけ分泌されているのかも分からなかった。
体温調節と血圧の辺りが問題だということは大体分かるが——。
最悪の場合、心臓の動悸がおかしくなるかもしれない。
あるいは、胃や腸が捻れたりする危険すらある。
「……シートベルトでもしっかり締めておけ。身なりを見るに、あれはギャングじゃなく要員だった。少し良くなったら……」
[ダダダッ!]
改造トラックに小銃の三点バーストが撃ち込まれる。
しかし、防弾加工が施されており、銃弾は弾かれた。
バックミラーを見る。
後ろには車両が六台——。
ぴったりと追いすがり、付いていた。
「デッカード! 機関銃!」
運転席の右側に付いていた端末機。
それが自動で作動した。
トラックの荷台を覆っていた布が横に巻き上げられる。
間もなく、大型機関銃の銃口が後方へと向いた。
[射撃します]
[ズドンッ!]
爆音に近い銃声。
それが、静かな夜明けを切り裂いた。
銃声に慣れていないクルックスが、耳を塞いで悲鳴を上げるほどの騒音——。
おそらく周辺の住民たちは、ことごとく目を覚ましただろう。
[キイイイイッ!]
迫ってきていた車両の一つが、横にスピンして転がった。
すると、後続の車がサッと距離を取る。
巻き込まれないために陣形を変えたのだ。
「クソッ……こんなのありか!?」
アベルはミラーで車の後方を見る。
あり得ない状況に、思わず悪態を吐いた。
敵は互いに通信がしっかり取れており、陣形を組むほどだ。
各々(おのおの)勢力が違うはずなのに。
あれほど連携が取れるのは、確実におかしい——。
「デッカード、次善の策のBルートで行く。最も近い敵は?」
計画を変えなければならなかった。
このままでは他の都市はおろか、アスポデルの境界を越える前に。
弾薬枯渇で戦闘不能に陥るだろう。
[五百メートル程度です]
「分かった。電話を掛けよう」
「アベル? 運転しながら携帯を使うと……」
クルックスがひどく驚いて、アベルを見つめる。
「もう違法武器が満載なのに何を言う。有栖あらが持っている短機関銃も違法だぞ」
アベルはそう言い返す。
すぐさま、スピーカーフォンで電話を掛けた。
[あ……調整師? でも今は何時だと……]
電話機の向こう。
そこからは、まだ眠そうな声が聞こえてきた。
「火力支援。一万クォーズ。成果によって五千上乗せする」
アベルにも無駄にする時間はなかった。
午前四時に仕事を振るのは、確かに迷惑ではある。
しかし、この世界は金さえ出せば——。
どんな迷惑でも歓迎される界隈だ。
[こんなモーニングコールなら歓迎だぜ。場所は?]
「うおっ、クソッ!」
突然、路地から別の車が飛び出してくる。
それがトラックを襲おうとした。
アベルはハンドルを急に切り、辛うじて回避する。
[ガガガガガンッ!]
デッカードが大型弾丸を浴びせている。
だが、全ての敵を阻止するのは無理だった。
敵も防弾車両である。
トラックも不規則に動いているうえに、敵も動いている状況。
当然、命中率も低くなる。
'このままじゃ都市も抜け出せない'
決断を下さなければならない。
頭の中で、想定可能な迂回路を考え巡らせた。
「メインストリートの北側、都市外郭への進入路だ。できるだけ早く来れば何分だ!?」
[五分]
「遅い。三分だ。駄目なら他に連絡する」
[何事だ? それとも俺のいるランダル・ストリートまで来るか?]
「ふぅ……」
アベルはたった五秒躊躇った。
隣にいる有栖あら。
彼女は、目からも血を流し始めている——。
ランドル・ストリートならギリギリだ。
B計画は、今後10分以内に都市を抜け出さなければならない。
成立しないタイムアタック計画なのだ。
「確認。ランドル・ストリート。俺の車両情報を送るから確認してくれ。それ以外は全て敵だ」
それでも車はまだ動いていた。
エンジンも無事で、まだまだ走れそうだった。
毎週、整備を怠らなかったトラック。
アベルはそれを信じてみることにした。
〔了解。すぐ屋上で待機するよ〕
トラックはすぐ右折した。
クルックスは手すりを掴み、辛うじて耐える。
「頼む」
電話を切った途端のことだった。
すぐ別の電話が入ってくる。
〔おいおい、アベル!今急に非常事態になったんだが、それあんたの車じゃないか!?〕
さっき電話で聞いた声だった。
ギャングの重役クラス。
都市脱出を見逃してくれないか、と尋ねていた人物からの連絡だった。
「ああ。そうだ!」
いくらアスフォデルが最低な都市だとしても。
午前4時に、こんな大規模な車両銃撃戦を引き起こす人間。
アベルの他にはいないだろう。
〔うわっ……今回の件は俺も手伝えないぞ?〕
「それは期待してない。だが少し教えてくれ。こいつら、なんでこんなに息が合ってるんだ!?」
急に陣形を組んで追撃してくるわ。
一台の車が転覆した途端、すぐ対応するわで尋常ではない。
明らかに互いの連絡が緊密に取れているのだ。
複数のギャングや、政府から派遣されたエージェントもいるはずなのに——。
〔カンッ!〕
死に物狂いで踏み込む。
だが、右折する瞬間の減速は避けられなかった。
車のフレームを弾丸が掠める。
激しい火花が散った。
〔ああ、それは前から共有してる周波数があるからだ〕
「なに?周波数を共有してる?」
〔ああ。何事か知らないが、政府が単独周波数で割り当ててくれたんだよ。今回の追跡情報も政府から出たものだぜ?〕
「はあっ……つまり人間一人を狩るために全て集まったってことか!?互いに反目し合うギャング同士もとりあえず団結したって?そこに政府もか?」
〔ああ。100万クォズは端金じゃないからな〕
アベルは、窓に撃ち込まれる銃弾に頭を下げる。
それでも、どこか納得しそうになった。
それほどの金額なら——。
長年の恨みなど、簡単に水に流せるだろう。
〔でも今追いかけてる奴らの中にギャングは少ないはずだぞ?俺たちも今情報をもらって準備中なんだが?〕




