2. 蝶(ちょう)と自由(じゆう) (16)
蝶と自由 (16)
「はぁ……」
クルックスは想念を断ち切った。
作業場へと降りてくる。
アベルが電話機を握りしめ——金をばら撒いていた。
「位置情報を教えてくれれば一つにつき一万クォーズだ。問題にならない綺麗な金でな」
ギャングと繋がりのある都市外の点組織。
その位置を、地図に表示させていた。
'多いな……'
都市の外郭を越えた廃墟地帯。
これほど多くの人がいるとは思わなかった。
少なくとも、百個を超える赤い点の配置。
赤い点が増えるほど——
都市の外に出られる緑色の線は、次第に狭まるか、消えゆく。
十箇所だけと言っていた。
だが、金を受け取った分——
もっと多く電話しているようだ。
「確認した。秘密裏の通行は駄目だということだな?」
アベルは点組織の位置を聞き出すだけではない。
もしかすると、一行の乗った車を攻撃しないよう交渉している。
一般貨物として分類されれば——
言葉通り、フリーパスになるからだ。
[駄目だ、駄目だ。事前に伝えられた物品が入っているのでなければ、すぐにミサイルが飛んでくるぞ。それも人間大のミサイルがな]
「だからそれを何とか……」
[俺だってしてやりたいさ。だが、俺たちのところへ衛星の原本が来るわけじゃない。警察のほうから出ていく車両の候補と移動方向を加工して撒かれるんだ。入ってくる者ならまだしも、出ていく車両は道路センサーや検問所に一度でも引っ掛かれば容赦ない。警察にコネがない組織があるわけでもないし、皆が確認しようとすれば一時間も経たずに特定されるだろうぜ]
「俺たちが知らない仲でもないだろう。俺がいなけりゃ、お前は今でも植物人間だったはずだ。あの時は金も受け取らなかったのに……」
[俺が決めてできることならやってやるさ。だがこれは違う。上には話してみるが、当然駄目だと言われるに決まってるんだ!]
「はぁ……」
ギャングを通じての、ルートの安全確保。
それには、通行者の身元を伝えねばならない。
身長や体重はそれほど厳しくない。
だが、DNIのIDと写真は必須——
そうなれば、すぐにクルックスが特定される。
打つ手がなかった。
[金をいくら積まれてもこれは無理だ。他の通行貨物との公平性もあるし、俺たちだけが便宜を図ったとなれば、他のギャングたちが黙っていないだろう]
彼はギャングの中間幹部クラス。
それでも、無理だったようだ。
他のギャングたちも皆、同じ状況——
アベルは諦めることにした。
「ああ、分かった。今度、整備にでも来てくれ」
[そうさせてもらう。おかげで俺も地位を得て生きていられるんだ。ありがとな、アベル]
事は簡単に運びそうにない。
電話を切ったアベル——
深く、溜息を吐いた。
そして最後に。
情報屋のレンシーへと、電話を掛けた。
「遅い時間に悪い。急ぎで情報が必要なんだが」
[気にするな。もうすぐ店を閉めて家に帰るところだった。言ってみろ]
「指名手配がかかった者のリストを送ってくれないか? 二十から四十代の女性で」
[五千クォーズ]
「確認した。すぐに送る」
[!? 本当に!?]
「待ったなしだ。今送る」
アベルが携帯電話を操作する。
すぐさま、口座振込を完了させた。
[確認した。仕事中みたいだな。体に気を付けろよ]
「ありがとな」
電話を切ったアベル。
受け取った情報を、車の端末機に上げた。
「チッ。簡単に行けるかと思ったが、難しそうだな……」
端末機の画面に上がった、クルックスの写真。
懸賞金が掛けられた時間——
正確に、二分前。
しかし、追撃隊が動き始めたのは、懸賞金が上がった後ではない。
監視員たちが送っていた生体信号と、定期報告の途絶え。
その瞬間——
周辺の安全家屋に待機していた政府要員と、ギャングの支援組。
彼らには既に、非常出動命令が下っていた。
懸賞金は、新たに人を集める公告ではない。
動いていた待機組を括るためのもの。
一つの周波数と、報酬体系によって——。
'私たちは二時間も経たずに貴方の位置を突き止めるでしょう。'
[Dead Or Alive。生存時追加金五十%。]
蜘蛛の群れが、見つめていた。
蜘蛛の巣に引っ掛かった蝶を——。
[アベル、敵の武装車両が接近します]
アベルはもはや、片手を端末機に置くことはない。
デッカードが代わりにしてくれているからだ。
そして、車両の塗装を変更。
もちろん、アベルを知る人がいれば子供騙しに過ぎない。
それでも——
ある程度の効果があることを望んだ。
「確認した。方向は?」
それでも、今の状況はあまり良くない。
大通りに出た途端——
敵が飛び出ってきた状況なのだから。
[全ての方向からです]
「人員は?」
[車両八台、五十人が向かっています]
助手席の有栖あらは、短機関銃を構えた。
だが、アベルは顔を大きく顰める。
「ちょっと待て。なら一台に六人以上が乗っているってことか?」
[一台がコンテナトラックです。重武装ですね]
「あ……クソッ」
こんな状況だ。
アベルも悪態を突かずにはいられない。
有栖あらはその姿がおかしいのか——
クスッと、笑ってみせた。
「クルックス。あんたは銃を……」
「今日初めて撃つ。頭に突きつけられたことは多いけど」
「そうか。必要だと思ったら撃て。玩具じゃないから気を付けてな」
アベルは頭の中に『お荷物一つ追加』と刻んだ。
拳銃を奪い取るべきか、少し悩む。
だが、どんな状況が起こるか分からない。
それも難しかった。
それに、クルックスの精神状態——
銃を持っている方がマシだろう。
「有栖あら。銃の腕は良い方か?」
「銃は……あ、鼻血出た」
何か言おうとした有栖あら。
助手席の引き出しにあったティッシュで、鼻を押えた。
瞬く間に、ティッシュが赤く染まる。
'さて、ならまともに銃撃ができるのは俺だけだな?'
デッカードは実体がないため、再装填は難しい。
後部座席にいるクルックスは、ただのお荷物。
有栖あらは、外部義体を使ったせいで体調最悪。
正直、上手く撃てるのかも分からない。
だから、アベル一人で運転をしながら——
銃まで撃たねばならない羽目になった。
「これは狂った真似だ……」
アベルはここから出たかった。
だが、走る車から飛び降りるのはただの自殺。
それに、数多の組織からの標的。
車を捨てるのも、良い方法ではない。
[グシャッ!]
「キャッ!」
乗用車が、運転席のすぐ横に突っ込んできた。
ぶつかってきた車との、大きな重量差。
押し出されたり横転したりしなかったのが、幸いだった。
「クソッ。運転免許をどこで取ったんだ、この野郎!」
アベルは窓の外に、散弾銃を突き出す。
そのまま、運転席に向けて発砲した。
全く躊躇いも慌てもない。
まるで、水が流れるかのような動作だった。




