2. 蝶(ちょう)と自由(じゆう) (13)
蝶と自由 (13)
【それに、私は車両の遠隔端末機に接続されていますからね。荷台に積まれている火器類を操作します。よろしくお願いします。】
「そ、そう。よろしく頼むわ。」
【その前に、一つだけお尋ねします。】
今や人に質問までしてくる、人工知能。
「え、えっ?」
状況を理解し難いクルックス——。
ぎこちなく答えるしかなかった。
【有栖あらさんにどんな言葉をかけたから、あんなに急に飛び出していったのですか?】
「はぁ……それについては本当に申し訳なく思ってるわ。もう追及しないで。」
【追及ではありません。ただの好奇心です。私には伝達されなかったので。】
結局、クルックスは理解することを諦めた。
命令を受けたわけでもないのに、好奇心を持って人に質問する存在。
最早これはロボットというより——人間ではないだろうか。
「一緒にいる男との記憶を消してしまうって言ったのよ。でも、あそこまで激昂して走って来るとは思わなかったんだけど……」
【ふむ。生きていらっしゃるのが不思議なくらいですね。有栖あら嬢にとって、最も確実な脅迫ですから。】
「……反省してるわ。」
しかし、それがクルックスの選択できる最善の方法だった。
アベルは外部端末機でテキストを確認しただけ。
原本の記憶をDNIで再生しなかったため、命令は作動しなかった。
テキストで接触場所へ呼び出すのも失敗——。
故に、有栖あらを動かすのが関の山だったのだ。
【では、アベルさんにはどんな提案をされたのですか?】
クルックスは少し悩んだ。
いくら考えても、こんな理由でアベルが動いたというのはおかしかったからだ。
【言いたくないのであれば……】
「捜査機関を騙したり、共犯者や加害者たちの記憶を消すのではなく……人々(ひとびと)を救いたいと言ったの。だから助けてほしいって。」
アスフォデルでは馬鹿げた理由に見えるかもしれない。
だが、クルックスは本気だった。
アベルもまた、その言葉を信じて仕事を引き受けてくれたのだ。
「被害者たちの記憶が頭から離れないのよ。だから、私はこの都市を離れたいの。」
記憶を忘れられないクルックス。
彼女にとって、それは地獄そのものだった。
いくら気にしまいとしても——。
暇さえあれば、生々(なまなま)しい記憶が蘇ってくるからだ。
「私は一度も望んで犯罪者たちの記憶を修正したことはないわ。やらなければ、私や周りが傷つくから、仕方なくやらなければならなかったのよ。」
歯を食い縛るクルックスの頭の中——。
そこに過るのは、被害者たちの絶叫と悲鳴。
その表情をカメラで捉えたデッカードは、もう尋ねないことにした。
「本来なら引き受けないのが当然の仕事なのに……理由を聞いて、アベルは仕事を任せてくれと言ってくれた。
それに、ずっと前から私を助けてやってくれと言っていた人がいるみたい。」
【それが誰なのかは言いませんでしたか?】
「ええ。私には全く分からないんだけど。」
本当に、いくら悩んでも心当たりはない。
ここまで来る間も、ずっと考え続けていた。
だが、クルックスに友好的な人の中で——。
心配してアベルに頼むような人物など、誰もいなかったのだ。
【ふむ。確認しました。長い夜になりそうですね。】
「それでも構わないわ。これが最後の夜なら。」
【……それでも、明日は明日の夜が来るでしょう。】
「ふん。クソ忌々(いまいま)しい人工知能め。そういう意味じゃないから。」
【暗喩です。あなたがどんな選択をしようと、自殺でない限り、明日は明日の辛さがあるという意味ですよ。】
「はあ。デッカードって言ったかしら。あなたとアベルの共通点が少し分かったわ。」
【何ですか?】
「嫌味なところよ。」
【……お褒めの言葉、感謝します。】
なぜか、デッカードの声が出るスピーカーにノイズが混ざる。
——気のせいだろう。
3.
「クルックスと言ったかな? 先に着手金を頂きたいんだが。」
アベルはコンピューターの前に地図を浮かべて言った。
その横では、3Dプリンターが何かを繊細に出力している。
「何をするつもり?」
「ギャング団に電話をかけるんだ。」
「ギャング団?」
クルックスは理解できないという表情を浮かべる。
今すぐギャング団を避けるべきか——。
それとも敵対すべきかさえ分からない状況なのだから。
「ああ。都市外部の点組織は、どうにかしてギャング団と繋がっている。獲物なのか、ただ通行させるべき顧客なのか分からないからな。だから、伝手のあるギャング団に全て電話をかけて、組織の位置を割り出す。」
「どういうこと?」
聞いたこともない話に、有栖あらも小首を傾げる。
「この都市に入ってくる物流は、ギャング団であれどこであれ契約をして、安全なルートでだけ来るようになっている。そのための運送会社も別にあるし。これができなければ、都市に物流が供給されるはずがないだろう。
あいつらは馬鹿じゃない。見境なく全ての車両を攻撃すれば通行量が減るってことは分かっている。だからギャング団と結託して目標を指定するのさ。」
それができなければ、この都市は灰色の砂漠も同然だ。
他のいかなる物資も入ってこられないだろうから。
単にアスフォデル式で物資が運ばれるという点——。
それが他の都市との違いだろう。
政府の治安と行政力が及んでいれば、ここまでの惨状にはならなかったはずだ。
しかし、政府はハナからアスフォデルに対して——。
その統制力を、ほとんど喪失してしまっていた。
「勿論、ギャング団が無料で位置を教えてくれるわけではない。だから着手金が必要なんだ。」
クルックスは、アベルが本気だということを悟る。
以前、20名を超える武装人員を求めた時——。
このような調査すら行われなかったからだ。
「確認したわ。口座を教えて。」
「匿名口座の情報はここにある。大体……10万クォーズあれば足りると思う。ギャング団の10箇所に聞いてみるから。」
アベルの名刺にある口座に、25万クォーズが振り込まれる。
驚いてクルックスを見上げたが——。
彼女はただ、肩を竦めるだけだった。
「どうせこの都市から抜け出せば必要のないお金よ。」
少しためらっていたアベルは、静かに頷く。
お客様がくれるというのに、敢えて拒否する必要はない。
ただ、できる限り仕事を早く処理することにした。
「デッカード、今から電話をかける。地図に敵の組織の位置を表示してくれ。」
アベルはモニターに地図を浮かべてデッカードに指示を飛ばす。
アスフォデルを中心に広がる地図——。
そこには、迷路のように絡み合った廃墟地帯の車道が映し出されていた。
デッカードは現在の道路の下に、過去の基盤施設の図面まで重ねて浮かべる。
北側の都市境界から、外郭の農業都市の灌漑施設まで続く道——。
そこには、旧上水道本管が存在していた。
境界の外へと続く区間は約2.4km。内径は1.8m程。
昔に破損したことで、水は既に止まっている。
一定の間隔で、管理用の換気口も残されたままだった。
「これも表示しておいてくれ。実際に入ってみたことはないし、崩壊した区間もあるだろうから、最後の手段としてだけ考えよう。」
【分かりました。】
「少し上に上がって休んでいて。深く眠るのは無理だろうけど。多分、明日まではここにいなきゃ……」
「それは駄目よ。」
クルックスが、アベルの言葉を遮る。
有栖あらとアベル——。
二人はそんなクルックスを、じっと見上げた。




